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弁護士は妻殺しの嫌疑をかけられた被告の最終弁論に入った。この事件では妻の死体は発見されていなかった。弁護士は彼の能力のすべてを尽くして、陪審員たちに被告の妻が殺されたという事件そのものに対する合理的な疑いの種を植えつけようと、ドラマチックな訴えを試みた。彼は法廷に入るドアに向けて手を伸ばし、叫んだ。「今この時にも、被告の奥さんはこのドアから入ってくるかも知れないのです!」法廷にいたすべての人は振り返って、その目をドアに向けた。
それは効果的なテクニックだった。被害者とされた人間が法廷に入って来るかも知れないと期待した陪審員が、被告をその人の殺人犯だと思うだろうか?
検察官はへこたれなかった。彼は立ち上がると、同じように法廷のドアに向かって腕をのばした。そして、陪審員に向かって静かにこう語り始めた。「この法廷におられたすべての人はドアを振り返りました。ただし、一人の人間を除いて。それは被告です。なぜなら、彼には振り返る必要がなかった。その妻があのドアから、ここに入ってくる事がないことを知っているからです。彼が妻を殺したのです。」
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殺人事件において、最大の証拠物件となるのは、何よりも被害者の死体そのものである。米国では20世紀になるまで、死体が発見されない限りは殺人事件は立件されないという法的規定があったのだそうで、それに代わる証拠があれば訴追できるとされたあとも、死体なき殺人事件が有罪になることは滅多になかったらしい。
そんな「死体なき殺人事件」を、弁護側の大向こう受け狙いのパフォーマンスを逆手にとって見事に被告を有罪に導いた例として、上の話がしばしば事実として語られているとのこと。これは1959年にカリフォルニアで起こった妻殺し事件を題材としており、被告のレオナルド・E・スコットは、妻の財産を目当てに彼女を殺し、建設途中の道路予定地にその死体を埋めたとされていた。死体は結局発見されず、検察官は状況証拠の積み重ねで被告を有罪に導いた。
その裁判で検察官が見せた機知あるアドリブ論告が、上の挿話だとされるのだが、映画やTVドラマの脚本では何度か使われているものの、実際はああいう話ではなかったようだ。大体、振り返っていなかったのが被告だけなら、なんで検察官はそれを見てたんだ、という話ですもんな。
なお、被告のスコットは終身刑を宣告され、後に仮出所してインタビューをうけ、その内容が1986年に出版されている。無理な訴追で冤罪に問われたのではないかというのが気になるところだが、本人はインタビューの中で、実際に妻を殺したことを認めているそうである。
元情報はsnopes.comより。
投稿者 webmaster : 2005年08月18日 23:13
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