« 男は女より頭がいい? | メイン | 個別エントリーを作成 »

2005年08月31日  ダイアナ妃が死んだ日 [今日は何の日]

8年前の1997年8月31日、ダイアナ妃とそのボーイフレンド、エジプト人の武器商人にして大富豪、ドディ・アルファイド氏がパリの高速道路トンネル内で、運転手アンリ・ポール氏の運転ミスによって中央分離ゾーンに激突する事故を起こし死亡する。彼らはパパラッティと呼ばれる一発屋カメラマンたちの追跡を逃れるために、無謀なスピードで走行していたとされる。この事故では、同乗者で生き残ったのはボディガード1名だけであった。

この事故はいまだにさまざまな憶測を呼んでおり、何より、かっての英王室メンバーがイスラム圏に取り込まれることを恐れた英国非合法部局による謀殺であるという意見が根強い。この手の「トンデモ」系陰謀論というのは、作りが粗雑で大胆なほど信奉者が増える面がある。おそらく当事者だって原因をはっきり理解していないような事故のこと、今後も独創的な意見が主張され続ける事だろう。

私がこの事件報道で注目する事はただ一点、運転手のポール氏が事故当夜服用していたとされる薬物についてである。彼はアルコール中毒からの回復プログラム上にあり、当時はSSRIのプロザックと向精神薬のチアプリドを飲んでいたとされるのである。服用量は不明であるが、これを事故の原因とする報道もあるぐらいだ。

ヨーロッパでは、アルコール中毒ケアにこんな薬を使えるのか、と感心した。チアプリドは日本では痴呆老人の鎮静目的と、パーキンソン症候群に伴うジスキネジア症状だけに適応が認められていて、それ以外の用法は保険医療の対象ではない。内科医も結構使う薬ではあるが、ジスキネジアへの使用にしても、ちゃんと薬理作用を理解したうえで使っている人はかなり少数だと思う。

アル中克服のためには酒を断つしかないのだが、当然急性期には離脱症状(いわゆる禁断症状)が現れるし、結構長期的に不眠とか抑うつ、食思不振や焦燥感といった随伴症状が現れる。これに対して薬物投与することは、再び酒浸りになる口実をいくらかでも軽減する手段にはなる。日本でよく使われるのは、というより、私がバカのひとつ覚えで使うのが抗不安剤とスルピリド(商品名ドグマチール)の組み合わせである。

昔から軽うつ状態には処方していたが、厚労省がアルコール治療のモデルにしている某国立病院で短期研修を受けたとき、ほとんどの人がこの処方を受けていたのをみて、さらにその傾向は強まった。スルピリドは少量では制吐作用や抗うつ作用、大量では抗幻覚作用など、非常に幅広い効能を持った薬で、私は実質8割ほどの患者にこの薬を使っているといってもいいが、残念な事にかなりの頻度で現れる副作用がある。

それは猛烈な食欲増進作用と、授乳ホルモンのプロラクチン分泌促進作用である。前者はうつ状態やアル中回復期に対しては、副作用というより主作用として働くが、後者のほうはまず役に立つことはない。男性でも乳房が膨らんできて乳汁分泌が始まる人が結構いるので、いくらそれ以外の不都合はないとはいえ、ちょっと使い続けることには抵抗がありすぎる。

そんなわけで、代理薬として使うのがチアプリドになったのである。チアプリドはその名前でも判るように、スルピリドとほとんど同じ構造を持った薬剤である。もちろん、こちらにも同じ作用はあるのだが、その出現率はかなり低い。当然ながら主作用の方も少々低いのと、医療保険でそういう適応は認められていないのが困ったところ。これは結局自分の経験だけからそれこそ自家薬籠中にはいることになった薬なのだが、ほとんど後ろめたさを感じなくなるきっかけになったのが、かのダイアナ妃の受難だった。

厚労省の定めた保険医療の基準なんか、一度も考えたことがないのがまずいところだが、そちらは適当な回避手段をつかえば何とかなるので、薬理効果をうまく利用させてもらう方が大事なのはいうまでもない。そんな訳で、この薬をこの目的でしかたなく使うときは、心の中で「ダイアナ処方」と呼ばせてもらっているのである。そんな私の怪しい薬の使い方に、それなりの根拠を与えることになった事件が起こったのが、今日と言うわけ。保険組合の皆様、読まなかったことにしてくださいね。

投稿者 webmaster : 2005年08月31日 23:57

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://med-legend.com/mt/mt-tbcba.cgi/549

コメント

医療費増大を恐れてか、厚労省は非定形薬剤を分裂病以外に使うことを押さえたいようですね。ジプレキサなんか、老人にもMDIにも使える万能薬ですがね。値段が高すぎるが。

クエチアピンもそうなんだが、人によってえらい強い鎮静効果を示すことがあるので、その辺の事前評価がまだ出来るようになってません。

投稿者 webmaster : 2005年09月03日 08:16

スルピリド、本当に良い薬ですね。
しかし、高プロラクチン血症には参ったものです。

schizophreniaにも、うつ状態にも効果があると言えば、
思いつくのが、クエチアピンで、
MRさんが、米国では、躁状態にも適応があると言っていました。
躁状態には、怖ろしくてとても使えませんが、
うつ状態の適応も近々認められるかもしれないとのこと。
スルピリドの替わりに、日本でも大手を振って、
クエチアピンが使えるようになるといいのに。

投稿者 同業者 : 2005年09月03日 00:10