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昨日のエントリーに対して、児童を専門にしておられる精神科医からコメントがあり、これが私の考える定型的袋小路思考の見本とも思える内容だったので、いささか大人げないとは思うが追加させて頂く。正直いって、卒後5年目ともなればナイーブな情緒論で勝手に傷ついていても、誰も同情なんかしてくれないのだ。あの内容で自らのルサンチマンを正当化して中途半端に別の臨床現場に向かうとすれば、ご本人自身に害になるのはもちろんのこと、患者さんたちやその家族へのいい迷惑以外の何者でもない。
コメントはまず、「コドモには可塑性があるとみな無条件に信じてくれる」という表現で始まっている。これがまず間違いその1。そんなこと無条件に信じるバカが専門家にいますか。例えばひどい虐待をうけていた子供が、環境を整えることでその本来の能力や感性を取り戻す場面などに出くわすと、それはある種の感慨を覚えるものだが、それはあくまで「本来の能力や感性」の範囲内であるのは当然の話である。生得的な障害や限界までも可塑的であるわけではない。そうした前提条件の中で、その子供なりに生きていく可能性を援助していくのが医療や福祉療育の仕事だ。
次が「痴呆の方にはもう壊れている扱いをする」という部分。障害を把握することと「壊れている」と決めつけることはまるで違うことで、それを同一視しているかのような発言は少々見識を疑う。経験例でも、おそらく不穏が続く老人をそのまま家族が見るようにしむけたという実例を挙げておられるが、逆に言えば、老人は何をしても良くて、家族はただその暴力を受けるのが当然というその判断はどこから来るのだろう。あなたのヒューマニズムは、自分の受け持ちだけが享受するものなのですか?
上司なる医師が、「寝たきりにする」という方針を出したとのことだが、どうにも興奮を抑えられない痴呆老人というのはいるもので、言葉の使い方は別にして、差し当たっては重鎮静方針をとらざるを得ないこともあると思える。障害を無視して、「殴られたって、あんたらが面倒見るべきだ」なんて傲慢な方針を家族に強いるより、よっぽど現実的な方向性だろう。もちろん、長い人生を送ってきた先輩たちへのリスペクトを第一にして、出来る限り安らかにして実りある(と家族や周囲が受け取れる)人生の最終章を演出してあげるのが最優先されるべきではあるけれど。
もう少し柔らかい言葉で反論すべきだと思うのだが、ここのところ研修医の指導などで、「回りくどくいっても理解されない」のを思い知っているので、かなりきつい言い方になってしまった。他の方まで不愉快になったのではないかと恐縮である。袋小路で誰のためにもならない愚痴をいうより、心ない人には「壊れた」といわれるしかない人々をどうやって守ることが出来るのか、そのためにはどのような環境を作るべきなのか、じっくり考えて見られることをお勧めする。
投稿者 webmaster : 2005年09月27日 23:49
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医学に於ける知識・世界観の蛸壺化・患者の疎外化、外科
なら手術成功患者死亡ですが、この場合は患者ならぬ家族
の疎外で、患者爽快家族心中って奴でしょうかね。
もっとも、寝たきりにさせてくれないから患者が暴力を振
るっていると言う事もあり得えないとは言い切れませんが。
尤も、このご時勢、狭隘な価値観や世界観なんて捨てなさい
よと言ってみた所で、それは現在に於いては無政府主義的な
混乱か宗教的な恍惚への扉を案内する事にしかならないよう
な(´・ω・`)・・・。
それにしても、この先生、病棟も無茶苦茶にしてしまって、
患者や家族は無論、他のスタッフも可哀相。
投稿者 二人目 : 2005年10月05日 01:32
私は、精神科医という職業を選び、程なく分かったことがあります。
統合失調症や認知症など、そして精神疾患以外においても、
重度の不治の病における最善の治療とは、
患者さん個人の幸福と同じくらい、家族の幸福も考えていかなければならないのだと。
個人主義的ヒューマニズムには反しますが、
それが、社会に生きるってことなのだなぁ、と感得致しました。
社会性に障害を有する、統合失調症や認知症の患者さんでも、
そんな形で、社会とつながっている、あるいは、縁が切れないのであります。
精神科医の一側面は、演出家なんですね。
限定された舞台の中で、患者さん初め、各人が、
役割をそこそこ発揮してくれるように、細々と働きかけるわけです。
それが、いわゆる「環境調整」って言う手法です。
投稿者 同業者 : 2005年10月03日 04:35
わたしは前日の「そむたむ」さんへの管理人さんのリプライを読みたいです。教科書的にはそれでよいとは思うのですが。
投稿者 Aspirin : 2005年09月30日 21:05
痴呆は物理的に脳が壊れていると思うのれす。
投稿者 ののたん : 2005年09月29日 09:59
自分はサラリーマンですが、社会に出てからどれだけの方々に育てられたかを、改めて実感している身には、涙が出るコメントです。
医師の方々は、患者やその家族から、必要以上の責任や安心を求められる分、お仕事を遂行する上でのある意味割り切りと情熱が必要なのでしょう。
肉体的、心理的、困難が多いお仕事と推察致しますが、一時的な感傷に流されず、現実に併せた理想を追求して頂きたいと思います。
投稿者 Rico : 2005年09月29日 09:34
私がサラリーマンだった頃、いろんな方に会う中で、仕事で1人前になるには、10年ぐらいかかるものだと思いました。自分がそこそこきちんと仕事をこなしていることが分かり、周囲もそう認めてくれるようになるまでに、随分時間がかかるわけです。それまでの間は、よく怒られますよ。
医師とサラリーマンを一緒にするなと言われるかもしれませんが、適切な判断とミスをしない仕事ぶりが求められる医師の場合は、なおさら↑のような傾向があるのではないでしょうか。
この若い精神科医の方が、管理人様のご指摘を謙虚に受け止め、1~2日ションボリしたあとで、また仕事に邁進してくれたらなと思うのであります。
というわけで、大きなお世話と思いつつ、誰かが叱った後で誰かがフォローに回るというサラリーマン社会の定石に従ってみました。。。
(管理人様へ: こんなコメントはいらんとお感じでしたら、掲載しないでください。)
投稿者 scarab : 2005年09月29日 01:07
> 他の方まで不愉快になったのではないかと恐縮である。
私は「プロなればこそ」のお話として拝読いたしました。
盲目的良心を至高とする人権屋どもに読ませてやりたいです。
投稿者 スポック : 2005年09月28日 09:41