ハロウィンがらみで、あちこちで報道されている内容だが、くだくだしいものが多いのでパスし、一番短かったのがこちら。
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ハロウィンは罪のないお遊びに見えるかもしれないが、ペンシルバニア州立大学の研究者によれば、一部の幼い子供たちには、その「ユーモア」は失われている可能性があるという。
同大学デラウェア郡校人間発達学助教授であるシンディ・デル・クラーク女史は、6~7才の小児大多数にとって、ハロウィンは面白いだけの休日ではないのが真実だという。クラーク助教授は両親に対し、その年代の子供を怖がらせることは、死の恐怖やより激しい怯えをもたらすだけであることを知るべきだと主張する。
「ハロウィンは子供たちに、日常とは異なる行動を体験させる時です。子供たちはこの休日を死と結びつけるのです」、クラーク助教授は語る。「我々は通常、自分たちを死から遠ざけ、子供たちには死を覆い隠すようにふるまいます。しかし、この行事では子供たちは骸骨や墓石のデコレーションと直面させられ、死の恐怖と出会わされることになるのです」。
クラーク助教授の研究は6才と7才の小児と、その両親のインタビューが含まれている。彼女の論文は人類学雑誌「エトス」に掲載されている。
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エトスに掲載された論文は抜粋だけなら無料で読めるが、なんか曖昧なことばっかり書いてあってようわからなんだ。ガキであろうがどうせ死と顔つきあわすのは必然なので、たかがお祭りで経験する恐怖を乗り越えられないようなら、ロクな育ち方をしないのは見えていると私は思いますけどね。覆い隠せばいいというものではないのでは。
クラーク女史には、ぜひ日本のナマハゲ行事を調査に来て欲しいと願うものだ。
CINDY DELL CLARK, "Tricks of Festival: Children, Enculturation, and American Halloween", :Ethos.June 2005, Vol. 33, No. 2, pp. 180-205
10月27日づけYahoo!Newsより。
<デラウェア州、フレデリカ>警察当局の発表によれば、公道で首を吊って自殺した女性の死体が、ハロウィンのデコレーションだと思われ、数時間以上にわたって通報されずに放置されていた。
42歳の女性が、25日夜から26日朝の間に、比較的交通量の多い道を横切る形で家の間にロープをはって首つり自殺をしたと警察が発表した。死体は地面から数メートルの高さにぶら下がっていて、走る車からも容易に目撃できる状態だった。
州警察のスポークスマンによれば、水曜日の朝に死体を発見した人々は、皆これが週末向けの悪戯だと思い、無視したという。警察に正式な通報が来たのは3時間以上たってからであった。
「みんなはこれをハロウィンのデコレーションだと思ったんですよ」、市長の妻であるフェイ・グランデンさんはそうマスコミに語った。「誰かが作ってぶら下げたとしか見えなかったんです」。
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以前も、アートフェスティバルの会場の立木で首を吊った人の死体が、前衛アートだと思われて放置されたことがあったような気がする。あんまり日常的文脈から離れたものは、ちゃんと認知するのは困難だという例ですか。それにしても"to hang herself across the street "というような壮絶な死を選んだご本人に、いささか感じ入ってしまう。
こういう商売をしていると、自殺者の検死をよくやらされるが、突発的な自殺の場合は、その死に様をえらくアピールするようなやり方を選ぶ人が多い傾向がある、というのは以前から感じている。死を選ぶしかないところに追いつめられているのに、誰も助けてくれないという恨み辛みを、そんな形で表現するんでしょうかね。そういう通俗的な理解では全くズレているのか、何ともいえません。
日本シリーズのロッテ優勝を祝ってか(違う)、さる10月17日、こんな報告がアメリカ外科学協会の定期会議で報告された。
内視鏡下大腸切除術を受けた患者に対して、手術直後よりチューインガムの投与を行うと、術後在院日数を減らすことができる。ペンシルバニア西部病院とテキサス西南医療センターの外科医たちによって行われた研究はこんな事実を明らかにした。
この研究は内視鏡下選択的大腸切除術をうけた102人の患者を対象にして行われた。ペンシルバニアとテキサスにある三つの病院で治療を受けたこれらの患者は無作為に二群に分けられ、対照群には術後にはごく少量の水分を摂らせるという標準的な手当を受け、もう一つの群には一日三回ガムを与えて噛んでもらった。その結果、ガム投与群は対照群と比べ、平均で丸一日退院を早めることができた。
術後イレウスは外科手術後の一定期間、消化管蠕動が止まってしまうもので、外科手術後にもっともよく見られる合併症であり、手術後に入院を続けなければならない理由の主なものである。イレウスは入院が長引く主要原因であり、米国ではこのために年間10億ドルが費やされている。この研究を主催したペンシルバニア西部病院のJ・マコーミック外科医は、手術直後からチューインガムを噛むことで、術後イレウスを防止することが可能だという。
「内視鏡手術を受けた患者さんは、今までの伝統的開腹術と比べ、より早い回復とより痛みが少ない経過を得られます」、マコーミック医師はいう。「我々はそれをもっと改良していきたいのです。患者さんたちはできるだけ速く家に帰り、家族のもとで自分の生活を始めることを望んでいます。ガムを噛むという簡単な手段で、それが実現できるのです」。
なぜガムが効くのかと聞かれ、マコーミック医師はこう答えた。「これがなぜ効果があるのかを説明する理論はまだ揃っているとはいえません。一番有力な説は『疑似摂食説』でしょうか。ふつう、食事時には座って咀嚼と嚥下に15分ほどをかけていますが、チューインガムを噛むことはこれと似たような作業だからです。早めに身体の方が普通のやり方だと考えるようになると、早めにその機能も普通のものになり、早めに家に帰ることができるようになるわけですね」。
ペンシルバニア西部病院は512ベッドを有する第3次医療センターであり、ペンシルバニア周辺の主要な医師研修病院でもある。2004年には病院評価機構によって選ばれた米国トップ100病院の中から、もっとも優秀な研修病院という評価を3年続けて得ている。
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もっとも優秀な研修病院だからこそ、こういうミニマルで効果的な治療指針の発想が出てくるのだなと思う。先端医療技術ばかりが患者にメリットをもたらすわけではないという見本。その効果を説明するところまで、やたらに素朴なのはご愛敬というところか。
向こうのブログや掲示板、あちらこちらで紹介されているフラッシュ映像からコピーした画像が左の物件。機動歩兵たちの前で、見事にヒップホップを踊るヨーダの姿が拝める。ヨーダの体型が映画と、もひとつ違うのがご愛敬。
いくつかのブログ記事を要約すると、これは「スター・ウォーズ エピソードIII/シスの復讐」DVDに、オマケでつけられた「イースターエッグ」映像らしい。アップ場面用の着ぐるみ役者さんが、ちょっとした余技を見せたというところですか。
初めは結構ダウンロード出来るかたちであちこちにアップされていたようだが、「ルーカスフィルムの要請で」ほとんど削除されている。今のところグーグル・ビデオで視聴することが出来るので、ご覧になりたい方は、削除されないうちに早めにどうぞ。一部には「本編から削除された1シーン」なんて、デマ紹介がされていたりするので、「都市伝説」と多少関係ないでもないと紹介した次第。
ダウンロードのやり方までは知らんので、スキルのある方は自己責任で。

My blog is worth $0.00.
How much is your blog worth?
ちなみにスミルノフ教授の所を調べてみたら44,598.66ドル、かの極道、いや極東ブログなんか125,892.42ドルである。おいおい、そりゃないんではないかと言いたいが、まあ、それなりに正しい判断なのかもね。
何となくふてくされてしまったので、今日はここまで。
注:はじめ、このボックス部分を左寄せにして、文章を右に回り込ませる方法がわからなかったので、こんな風↓に書いていたが、コメントで教えていただき、ごらんの配置になったというわけ。基本的に人まねしかしないので、こんなやり方知らなんだのよ。
一つだけ気になるのは、このボックス部分を左寄せにして、文章を右に回り込ませるにはどうしたらいいのかということ。これを取り上げているBlogはどこもそれをやってない。Boing Boingはやってるわ、と思ったら画像にしてごまかしてたし。どなたかやり方教えて。
CNN.comが報じる所によれば、ローマ市議会は10月25日、古典的な球形金魚鉢を、金魚にとって残酷な環境であるとして使用を禁止する条例を可決した。この条例は他にも、犬の定期的な散歩を飼い主に義務づけ、魚や動物を賞品として提供することも禁じている。すでに成立した国家法では、犬や猫を棄てた飼い主に対して、懲役刑を科すことが出来るようになっているとのことである。
「私たちの存在を愛で満たしてくれる動物たちに、出来る限りのことをしてあげるというのは素晴らしいことです」、この条例成立を勧めてきたモニカ・シリンナ市議はそう語る。「都市の文化水準というものは、これで測ることが出来るといってもいいでしょう」。
新聞報道によれば、球形の金魚鉢禁止は魚たちの視力を悪化させるという理由である。市議会員たちは誰もこれがなぜ禁止されるのかについて説明出来なかったが、魚の専門家によれば、この形状をした水槽は酸素不足を来しやすいそうである。
昨年7月、イタリア国会は犬や猫を棄てた飼い主に対して多大な罰金と懲役を課す法律を成立させ、それを受けて地方議会は独自の追加条例を次々に成立させたが、実際には法の管理は極めて困難である。今回のローマの条例では、犬を少なくとも1日3回は散歩させることや、美容上の理由でペットの尻尾を切ることを禁じる内容が含まれている。また、ローマ旧市街のあちこちに住む野良猫集団に餌を与える行為を、合法と認めている。
動物の権利擁護グループによれば、イタリアでは毎年15万匹の犬と20万匹の猫が棄てられているとのことである。
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以上、CNN.comの記事をまとめてみた。冗談記事ではないかとかなり注意して読んだのだが、どうも本当らしい。動物たちを棄てたり、虐待するのはもってのほかではあるものの、法律で規制されるのはまっぴらだと思うのはズレてるんかしら?こういう権力を使って善をなそうという発想って、要はネオコンと同じでしょ。昔はやった「主体性」はどこにいってしまったんだと、ため息が出る思い。
「iPodに対する世界中の執着と偏愛にインスパイヤされ、iBelieveがあなたのiPod Shuffleへの付加部品として登場した。これは世界最速の発展を示す宗教に対する社会的コメントだ」。
も一つようわからん宣伝コピーが添えられているのが、こちらが提供するiBelieveなるiPod Shuffle用の「替え紐+お飾り」。本体と同じ素材で作られていて、iPod Shuffleをたちまち十字架に変身させるという優れものである。お値段は12.95ドルだというんだけど(日本までの送料を加えると20.9ドル)、誰かこれを首からぶら下げる勇気のある人はいますかね。例のホワイトヘッドホン運動も、これに継いであるとよりインパクトが増すような。価格のうち、1ドルはアメリカ赤十字に寄付されるとのこと。
元情報はこちらから。
(2003年、香港)氏名不詳の香港在住男性(50)が腹痛を訴え、近くの病院の救急外来を受診した。医師は検査の結果、腹膜炎と診断した。腹部の炎症である。しかし、その原因が不明であったため、腹部レントゲン検査を行ったところ、結腸内にウナギがいることが判明した。その男が言うには、それはまさしくウナギなのだと。彼は長らく便秘を患っていたので、ウナギを肛門から挿入すれば改善すると考えたのだという。このウナギが腹痛の原因なのだろうか?
男は手術室に運び込まれ、緊急腹腔鏡手術がおこなわれ、50cmの長さのウナギが結腸壁に噛みついていることが判明した。ウナギは直腸の内壁にも約3cmの咬傷を残していた。男の腹痛と便秘は治癒にいたり、一週間後、男は退院に至った。
ダーウィン賞サイトより。
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腹部の単純レントゲン写真を見て、これはウナギだとわかるものですかねぇ。それになんぼ腹腔鏡手術でも、明らかに穿孔していたわけだから、一週間で帰れるものかとちょっと懐疑心がわいてしまう。"Confirmed True by Darwin"と書いてあるので、全くのデタラメでもないだろうと思い、こんな妙なケースなら論文になっているだろうと、PubMedを調べてみれば、ちゃんとありました。
2004年の"Surgery"誌に、香港の医師たちが投稿している。もっとも、抜粋もないので、ホントにこういう内容なのかは不明。色々調べたが、元論文はどこにもなく、かろうじて内容とおぼしきものを書いてあるのがダーウィン賞サイトだったというわけ。
ウナギを入れた目的は、本当に便秘治療だったんでしょうかねぇ。なんであれ、世の中には妙なことする人が時々いるものだ。
Lo SF, Wong SH, Leung LS, Law IC, Chun Yip AW. :Traumatic rectal perforation by an eel.:Surgery. 2004 Jan;135(1):110-1.
新しい職場になれるのが大変で、引越後の心身不調と重なっていささか疲労困憊気味である、どこの職場でもそうだろうけれど、そこでまかり通っているさまざまな慣習というものは、必ずしも合理的な方向を向いているとはいえず、まして病院というところは「えっ、なんで?」といいたくなるような、信じがたいような決まり事があったりするものだ。私は普段そういうことを一切気にせず、自分のやり方を押し通すのを原則にしてきたが、それでも今みたいな立場だと、ひとまずparticipant observationなのだと自分に言い聞かし、新環境のオキテをさぐるという最適化行動をとる知恵ぐらいは得ている。要は、どうすれば何もしないで仕事をしているふりが出来るか、ということなんですがね。
そんなわけで、昨日も土曜だというのに帰ってきたら夜も遅く、結局大酒飲んで記事の更新もしないで寝てしまった。せめて休みの日ぐらいはもう少し健康的にすごそうと、やたらに天気もいいので梱包を解いたばかりのMTBを持ち出し、ちょっとポタリングである。
本当はロードレーサーを持ち出したかったのだが、あれはやはりきっちりとしたスポーツモード肉体的条件のセットアップが必要である。デブオヤジが青息吐息でロードレーサーに乗っているのは、けっしていいザマとはいえない。おいおいそれは何とかするとして、差し当たってはちょっとお買い物、という感覚の延長でポタリングである。
それでもしばらく乗っていないと、会陰部周辺の脆弱性が普通人になっているので、サイクルパンツは欠かせない。サイクルスポーツを始めた人は、このサイクルパンツをはくレベルを乗り越えるかどうかで、かなりの逡巡があるものだ。いっぺんそこを越えてしまうと、あれほど楽なウェアはないと感じるものなんですけどね。
コースは江ノ島を見わたす海辺の道をブラブラ、というもの。浜辺にはサーファーがあふれ、車道は車で大渋滞、細い歩道は観光客で一杯である。おかげで車びゅんびゅんの横を走る恐怖がないので、実にのんびりと走れるのがありがたい。排気ガスたっぷり吸うけど。海辺はほぼ平坦なので、稲村ヶ崎の登りでもほとんど超級山岳コースに感じる今の体力でも楽に走れる。これで浜風がなければもっと楽だろうが、それではウインドサーファーが困るしね。
鎌倉で折り返して、ついでに職場の方まで走ってみたが、さすがに途中でガス欠っぽくなり帰宅。実走1時間40分、距離は40Km足らずというところ。フルスピードではやはり頻脈が出てくるので、あんまり本気では走れません。この調子なら、毎日少しずつ走っていれば何とかなりそうな気もしてきたので、明日からは自転車通勤ということにしよう。もちろん、天気がいいときだけだけど。
さて、ちょっと身体にいいことをしたような気がするので、まだ日も高いがビールでもかっ喰らおうかな。
今日は都心部強行横断通勤の日で、片道2時間近く電車に揺られていなければならず、この時間をいかに過ごすかということで、こちらのサイトで報道されたNPO団体が推進している「ホワイト・ヘッドホン運動」に参加することにした。「貧しい国の子供たちにもMP3プレイヤーを」という、まことに人間愛あふれた運動なので、協力しないわけにはいかないのである。
電車の中にはこの趣旨に賛同している人をたくさん見かけることができて、人々が弱者に向ける生暖かいまなざしを感じることが出来たのも収穫であった。白いヘッドホンだけでなく、黒なども見かけたが、あれはきっともっぱらソマリアにもMP3を、という分派に違いない。
なんてツマラン冗談をいう余裕など本当はまるきりない。大体私は生まれてからこのかた、「電車に乗ってまとまった距離を通学・通勤する」という経験がないのだ。高校の時はほとんど構内に住んでたようなものだし、大学時代なんか、なぜか半年ほどは教室で寝泊まりしていたほど。仕事をするようになっても、まず歩いていっても間に合うようなところばかりで暮らしていた。せいぜいが空いた道を車で30分、というのが最長距離であった。
それがこの歳になって、週のうちわずかとはいえ、大胆な長距離通勤である。2~3回やっただけで心底クタクタ。これは慣れるってことがあるんですかなぁ。どうも今回の転勤・転居は、かなりの問題をはらんでいたような気がしてきた。こういう気分になるのも、いわゆる引っ越しうつ病という奴のバリエーションかもしれん。とにかく、この状況の中で何か別の無駄をこなす余裕を取り戻さないと、などと思う毎日なのだった。って、お前そんな無駄文章だらだら書いてて今更何いっているんだ、という幻聴も聞こえてきたような。
ところで冒頭に引用したbogusnewsなんだが、こうしたしゃれた嘘ニュースサイトは東西を問わず、更新がきわめて希なものが多いのに、ここはかなりの頻度で記事が追加されている。私みたいに世の中のことに疎い人間は、こちらの「真実のニュース」から逆にモトネタを知ったりすることも多く、まことに「実用的」な役割を果たしてくれている。末永い活躍を期待したいものだ。
「マニ車」というのは、チベットの人々によく知られる法具の一つである。取っ手がついた筒状の構造をしており、おもりによって回転させることができるようになっている(こういう感じ)。この筒のなかにはチベット仏教の経典が巻き込まれていて、これが一回転すると教典を一回読んだことになるという、真摯な信仰と無精が織りなす、チベット仏教版だるまさんがころんだハイテクマシンというわけである。チベットの老人達は、暇さえあれば真言を唱えながらこれを日がなぐるぐる回しているという。字が読めない人への配慮、という意味もあるのでしょうね。(参考)
マニ車にはこういうモバイル版から、街角のお堂みたいなところに安置されている大型判、水力や風力を利用した大規模スパコンタイプなど、各種があるようで、人々はそれらを回しながらカルマを払い、魂の安寧を得ることを願うのである。日本にもこの発想は移入されていて、たとえば滋賀にある三井寺の八角輪蔵などはよく知られている。成田山新勝寺にもこれはあって、私も回したことがある(今は文化財保護のために回せないらしい)。
カルマといえば、より近代化された社会にすむ我々の方がよっぽどそれにまみれており、ここは一つチベット民衆の智慧にあやかろうというわけで、デジタル版マニ車を提唱しているのがこちらのサイト。ここの主張で注目すべきなのは、「ハードディスクは高回転しているから、そこにこういう真言を記録しておけば、超高速マニ車になる」という洞察である。本物のマニ車には教典が入れられていて、真言だけが書かれているわけではないのが多少難点ながら、尊重すべき発想であろう。少しでも本来の趣旨に近づけるなら、ここらあたりから般若心経のGIFファイルでも落とし、チベット仏教真言と一緒にファイル化して保存しておくべきであろう。
なお、以前にこれを取り上げていたブログでは、ハードディスクが右回りであるか左回りであるかを確かめるべきだという意見が表明されていた。確かに、チベットではマニ車の回転方向は右回り(時計回り)と厳しく定められている。これは中に入れられた教典が正しく読めるように回転させるということで、回転以前に筒に教典をセットするときからその裏表や上も確かめないと、むしろカルマがたまるとされているからなのである。従って、ハードディスクの場合はどちらに回っていようと正しくデータを読んでいるので、ユーザーがその回転方向にまで気を遣う必要はないと思われる。
というわけで、早速真言や教典をかき集めて保存し、カルマを祓って明るい輪廻に向かう日々を過ごすつもりなので、その効果にご注目頂きたい。
さる9月26日、東京都内で行われたミス・インターナショナルの最終選考会で、フィリンピン代表のプレシャス・ララ・キガマンさん(22)がその栄誉に輝いたことはマスコミでも大きく報じられた。The Museum of Hoaxesによると、彼女の最終審査時の発言なるものが、チェーンメールとなっていま飛び交っているとのこと。内容は以下の通り。
母国フィリピンにミス・インターナショナルの王冠を持ち帰った、プレシャス・ララ・キガマン嬢は、最終審査の際、こんな質問を受けた。「フィリピン人女性に対して、『子守り』とか『世話係』というような定型的な見方をする世界中の人々に対して言うことはありませんか?」
ララ嬢は次のように答えた。
「『子守り』というような見方をされる人に対して、とりたてて反発は感じません。でも、教養のある方々が『子守り』や『世話係』というものの本当の意味を、いくらか変えてしまわれていることには触れておきたいと思います。
お世話係とはなんでしょうか。それは受け取るものより、より多くを与える人のことです。あなた方がもっとも大切にする人々、あなたのお子様たち、ご両親、そしてあなた自身、これらの人々をお世話する役目をお引き受けする信頼を得る人でもあります。自分の人生を、他の人々をお世話し、愛することに費やす人です。
ですから、フィリピン人を子守りや世話係だと決めつける人々に対して、私は『ありがとう』と申し上げたい。それは愛と気遣いの文化に生きてきたフィリピンの人々の伝統なのです。私はいつまでも自分の出自とその文化を誇りにしたいと思っています。」
なかなか見事な切り返して、この機転が彼女を受賞に導いた、というようなニュアンスがあるようなのだけれど、実際にはこんな質問が審査員から浴びせられたことはなく(あるわけない)、彼女のこの発言も存在しなかったということのよう。定型的な偏見を逆手にとった小話、というところであろうか。
日本では外国人労働者の自由な労働市場への参入というものが厳しく制限されていて、そのおかげというべきか、フィリピーナといえば場末の飲み屋のホステスという程度のイメージしかない。しかし、看護・介護関連現場での外国人労働者受け入れ問題というのは、要はフィリピンの人々を受け入れるのかどうかということなのだ。やがて自由化の波がくるのは避けがたいことで、そうなれば私たち自身、この「フィリピンの愛と気遣いの文化」に身をゆだねることになるのである。
そんなわけで、このキガマン嬢の幻コメントに表明されている決意性は、かなり評価してもいいのではないかと思ってしまうのだ。インチキだけど。
ところで、これが日本人だったらどんな小話にされたんでしょうな?
Skulls Unlimited社は医学・生物学教育用の骨標本をネット販売する会社らしく、いろいろな動物の骨がトップページに掲示されている。それも、ちょっと値の張る本物や、奉仕価格のレプリカまで、各種取りそろえてあるようだ。その商品ラインナップのなかでも異彩を放っているのが、こちらの「陰茎骨」シリーズ。人間以外のほとんどの動物にある(当然♂のみ)陰茎骨を、かなりのお買い得価格で取りそろえてある。商品の陰茎骨は本物でも10ドル前後とかなり手頃なので、適当なのを買ってキーホルダーにでもしてみようかな、なんて考えたり。
昔々、骨学の実習の時に、教官からバラバラになった全身骨標本を渡されて、「君、オス・ペニス(Os penis:陰茎骨のラテン語)はどれかね」という、学生いびりに使い古された冗談に気づかず、焦って骨をかき回していたことを思い出しますな。あの冗談は今でも医学教育の中に受け継がれているのだろうか?
ところで上記のサイトでは、当然人間の骨も売られているのだが、一体こういうのはどこで調達してくるんでしょうかね。人間の場合はほとんどレプリカなんだが、この胎児骨は本物らしく、3000ドル近い値が付いている。ほとんど完全な形態になっているところを見ると、死産児の骨なんだろうけど、ホイホイと標本にさせてくれるものなんだろうか。なんとなく、その調達経緯を考えただけでいやな気分。
更新再開をどんな話題で始めるかというのは、誰も気にとめもしないのは判っていながら、自分にとってはかなり意識するところだ。あんまり専門話に片寄るのもなんだし、といって露骨なエロ系も避けたいところ。そんなわけで最近話題らしい、ネット漫画の「きょうの猫村さん」(ほし よりこ)の感想など。
これはあるCATV会社の会員専用サイトのコンテンツの一つで、たまたま私が加入していたのもここだった、というわけ。非会員でも導入部がここで読めるし、このたび単行本にもなったと言うことなので、一部の人しか読めないと言うことはないだろう。
どんな話か、と説明するほどではない。人間の言葉もしゃべることが出来て、炊事洗濯掃除という家事もこなすという超常能力ネコが家政婦になり、派遣先家庭の危機を解決していく(らしい)という内容。猫村ねこという名前のこのネコがその能力を身につけたのは、捨てネコだった自分を拾い、可愛がってくれた家庭の「ぼっちゃん」の愛に応えるため、必死になって覚えたという経由である。そういう設定のためか、この猫村さんが人に尽くすかたちには、漱石の「坊ちゃん」にでてくる「清」を思わせるところがある。彼女は家政婦として働きながら、外国に行ってしまったぼっちゃんに再会するため、せっせと貯金をしながら外国語も勉強している。
画調もいわゆる「ヘタウマ」(というより『ヘタヘタ』か?)で、派遣先の家庭が抱える問題とか、全体的な人々の暮らしぶりも、なんだか昭和30年代風である。無償の愛というものを、ペットの擬人化というような照れ隠し技を使いながらも、こういうベタな日常とメルヘンのハイブリッドという絶対的虚構で表すところには、今の閉塞感というものが反映されているのかという古典的な感想を抱かざるを得ない。いわゆる、平成≒大正見立てという、旧サヨク的枠組みである。昔のほうなら、宮沢賢治とか……、うーん後が続かんが。そういえば、村上春樹も東京奇譚集で似たようなことをやっていたような。
そんなこと関係なく、ペット擬人化枠組みの中だけでも、結構楽しめる一品。もちろん、偶然のおかげでタダで読めるという特典があるからこそ、こうして読んでいるわけですけど。作者に置かれては、ぜひ皮肉な結末などは避けて、猫村さんが無事にお金を貯めて、ぼっちゃんの住む外国に行き着き、末永く一緒に暮らすというハッピーエンドをお願いしたいものだ。
引っ越したところが集合住宅だったもので、光回線を入れるためには管理組合の認可がどうのこうのといわれ、仕方なくCATV回線を利用することにし、今日がその工事。若いのに、きょうびこれほど礼儀正しい奴はおらんぞといいたくなるようなオニイチャンがやってきて、実に丁寧な仕事をしてくれる。惜しむらくは、約束の時間と全然違う時に来るとか、別契約者のモデムを持って来ていて接続できず、あわてて営業所にとんぼ返り、なんてミスがなければもっとよろしかったのだけれど。
そんなこんなで、予定より大きく遅れて工事完了。これでようやく他人の回線をドロボウ利用しなくてすむようになったのはいいものの、このケーブル回線、30Mというふれこみにもかかわらず実に遅い。実質2Mほど出ればやっとというところ。ドロボウ回線利用の方が速いほどである。今までの光回線と比べれば雲泥の差で、トロイ反応を見ているといささか気分の方も腐り気味。
おまけに、コンクリートをぶち抜くわけにも行かないので、回線は無線LANで各部屋に分配することにしていたら、当然電波というやつもコンクリートの壁は通り抜け困難である。遅い回線が、各部屋ではさらに遅くなってしまってますます気分は落ち込む一方である。頭に来て指向性アンテナまで買ってきたが、わずかにS/N比が上がる程度で、ほとんど実効性はない。物入りの時に、ツマラン買い物して、またガジェットが増えただけ。
そんなわけで今日から普通に更新再開だと意気込んでいたものの、またもこういう近況報告でお茶を濁すことになってしまった。大体、間隔を開けたので書くことがたまっているはずだと思うのに、ざっとネットを見回しても、全然ネタがみあたらんのが不思議。なんだろうと毎日書くことにして、その場その場で無理矢理カッコウをつける焦りがないと、こういう駄文レベルでも中身を作れないのだというのは今更ながらの発見である。
引っ越してきてから初めて、快晴といえる天気になる。自宅からいろいろと持っていく物も多いので、今のところは車で通っているのだが、その通勤路からやっと富士山を見ることができた。実に見事な眺望である、といいたいところなのだけれど、何となくガスっぽくって、さえない墨絵みたいな輪郭が見えるだけである。今ひとつやねぇ。
このあたりは幹線道路以外は妙に細い迷路みたいな道ばっかりのためか、せっかく気持ちよく海沿い道路を走っていても、街の中に入る車が集中する交差点のたびに渋滞になり、たかが10kmぐらいの道のりにえらく時間がかかってしまう。道路が古代的理念にそった碁盤の目状態になっていない、というのは京都奈良方面で物心がつく頃を過ごした人間には、ホント信じられないことである。
道なんてものは、一本間違えたって何とかなるという、見当識の前提となる身体感覚への信頼が完全に揺らいでしまうんですな。チバ・イバラギ方面でかなり鍛えたつもりなんだが、この周辺の中世理念が充ち満ちた道路事情に接すると、またもや混乱が戻ってきてしまう。そんなわけで、職場にたどり着くだけで疲れ果て、こうやって仕事もしないで駄文を書いたりしているわけ。
CATV回線の工事は16日とのこと。本格的(といったってしれてますが)な再開はそれ以降ということで。
なんとか段ボール箱の大群は視界から消えつつあるのだけれど、まだ適切な日常を回復するまでには至らない。大体、引越以来雨ばっかりで、気分も身体の具合もうっとうしくていけない。そもそも引越までのこの地についてのイメージってのが、太陽がさんさんと輝く海岸で、汗まみれの桑田佳祐がライブをやってるというものだったのに、こんなにジメジメではいけません。
またネットの方は、光回線を引くのにかなりの問題があるとのことで、急遽CATV回線をつかうことにしたため、工事がさらに遅れて来週と言うことになってしまった。それまで近所の小判鮫無線LANを、あつかましくも使い続けることになりそう。そんなわけで、本格的更新開始は来週以降。一応、MT3.2-jaにアップグレード作業する元気だけは戻ってきたので、それだけは済ませたものの、まだ変なところが残っているかもしれない。お気づきの方はご報告を。
引越自体は終わったものの、積み上げた段ボール箱の隙間でキャンプ生活している状態から、じぇんじぇん常態に復帰することが出来ずに日々が過ぎるばかりである。ノートPCのありかをやっと見つけ、起動させてみればなんとセキュリティ設定なしの無線LANが辺りを漂っていて、しかも労せずににアクセスできたので、現状報告だけでもとそちら経由でアップ。こういうことをされないためにも、皆さん、セキュリティ設定は厳重に。
しかも、さっぱり片づけは終わらないのに、TVが映るようになったので差し当たっての仕事もせずに、途中からドラマなんか見てしまう。地方都市の高校生だった連中の後日談(注:『白線流し』という題名らしい)、という話なんだが、たまたまこの舞台が私の大学生時代に過ごした街だったので、ついつい懐かしさで見てしまう。狭い街とはいえ、主要登場人物が数少ない観光スポットをすべてバックにして登場するのが面白い。あんたら、一体どこに住んでればそういう行動範囲になるんだ。
それ以上に不思議なのが、登場人物たちが過剰なまでに過去の人間関係とか、土地への結びつきなんてものにこだわること。そんなもの、誰にとっても今現在が大事なんで、過去のつまらんロマン的な愛着なんてものにこだわって、どうするつもりだ。しかも、たかが二十代なかばというような若造、小娘連中がそうしているので、嗤うしかない。あのなぁ、どうせ親のすねかじりのくせに、しんみりしてるんじゃないよ。グダグダ言わずに自分でちゃんと人生切り開いて、そのあと回顧でもなんでもすればいいんだよ。ガキどもが。
私は親が転勤族だったし、そもそも前世はノマド系だったに違いないと思うほど、定住することに苦痛を感じる方なので、人と別れることに何の感慨もわかない。何の生産的関係でもないのに、つまらん固定的関係を保ち続ける方が犯罪的だと思うぐらいだ。だから、こういうドラマを見ていても、ダラダラとヒャクショー風共犯関係を続けることが、そんなに楽しいことなのかねと思うだけ。したがって、昔なじんだ景色にもすぐ飽きて、とにかく差し当たっての片付け仕事を回避しようと、こんな文章書きし始める始末である。
正式なネット開通はまだまだ時間がかかりそうなので、しばらくはこんな違法小判鮫アクセスでお茶を濁すことになりそう。潔癖な方々は、しばらく目をつぶっていてくださいな。