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2005年11月03日  クセナキスと精神医学(1) [ニュース]

妙な題名で申し訳なく、おまけにカテゴリーが「ニュース」になっているが、間違いではない。最近報道された「母親毒殺未遂事件」に関して、少々感想を書こうというわけ。といって、あの一般的にはかなり奇妙な印象を残す事件そのものについて、何か特別な意見を持っているわけではなく、ああいう出来事に対する世の中の反応をネタにして、自分の専門家としての有り様を反省してみようというのである。

そもそも私はあの事件から感じた衝撃の一番のものは、何といっても「伊豆の国市」という名前の自治体が存在するという事実であった。ありえんぞ、そんなネーミング。あの名前を前提にすれば、何でもありかなと思うので、手段はなんであれ、思春期後期の女性が母親を殺そうとした事件というのは、昔から時には起こっている不幸な出来事という、はなはだ無味乾燥な事実認識を残すだけ。「自分の受け持ちでなくてよかった」という、正直なものもあるが。

しかし世の中の人は、女子高生が聞いたこともない化学物質を使って自分の母親を殺そうともくろみ、しかもそれの過程を冷静に観察して、ネット日記に記述していたと言うのに驚きを感じているらしい。しかも、ネット日記と言わずに「ブログ」とされるのが、余計またその驚きを増幅するらしい。最近真面目に新聞を読まなくなったので、専門家のコメントはどういう方向を向いているのかはよく知らないのだが、マスコミの報道姿勢などを見れば、過剰な情報氾濫というようなニュアンスで、良識のコントロールを離れた世の行く末を嘆くようなものが多いようである。

ブログを通じて独自の姿勢から鋭い論評を展開しておられる「極東ブログ」では、そういう情報アクセスの疎外形態を批判するような安易な姿勢ではなく、この事件が自らの心象世界に落とす影を検証するというかたちでこの出来事を理解していこうとしておられるようである。しかし、正直いってその記述と考察は何一つ私には理解できない。メダルト・ボスを引いておられる理由もさっぱりわからない(*)。自分自身の教養のなさを思い知る一方で、こういうアプローチは書いておられる本人にしか意味がないのだろうとも思う。もちろん、その蘊蓄と文体に感銘を受ける人にとっても意味はあるのだろうが、少なくとも私はその一人ではないようだ。

この辺から本題に入る訳だが、昔から精神医学という領域はインテリが事あれば参入してくる分野であった。カントなども、その全盛期に精神疾患に関してえらく難しげな論述をしていて、しかもそれが気の毒なまでに見当はずれである。それは現在の近代医学レベルから見て見当はずれというのではなく、基本的な科学方法論を全く無視した決めつけと、でっちあげの怪しげな仮説を前提にしたご託宣でしかない、という点で無意味なのだ。悟性だの、理性だのと、枠組みだけの仮説にしとけば良かったのに、というのがファンの正直な意見。

現代だって精神現象を脳機能と客観的に結びつけて、すべて正確に知る手段はない。それでも記述された精神的所見の集大成と、部分的ではあれ、物質的な変化との関係性を一つ一つ関連付ける努力はされている。怪しげな原理を措定して、その演繹から精神的な機能やら病的現象を説明するようなことは、単なる「たとえ話」として使われるだけなのである。フロイトをいまだに持ち上げる人々がいるが(私もだが)、あれだって彼の欲動経済理論をそのまんま「真理」として捉えている人はいない(だろう)。ああした仮説を二者関係に持ち込んで、トモブレしながら精神療法を展開していった、実践的な先進性というか、蛮勇をリスペクトしているのである。

なんだかえらく長くなったので、あとは明日。なんで「クセナキス」なのかというのは、こちらの記事にインスパイヤされたというわけ。そちらを読めば、どう展開していくかは大体おわかりになると思うけど。

(*)要は現存在分析というのは、訳判らんこともその人自身には意味がある、といいたいわけで、その文脈からすれば引用するのも当然なのかな、なんて。

投稿者 webmaster : 2005年11月03日 23:29

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コメント

近くの自治体に住むものとして、私もあの名前には衝撃を受けました。
が、よく考えたら、あそこにはしばらく前から「JA伊豆の国」という周辺住民になじみの深い組織体があったのですね。

投稿者 沼津市民 : 2005年11月04日 08:38