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2005年11月04日  クセナキスと精神医学(2) [ニュース]

酔っぱらって思いつきを書きはじめ、まとまらなくなって「後は明日」と逃げると、翌日実に困ったことになる、というのを実感しつつ、承前。

宇宙空間プラズマ物理学者のナカムラ氏は、そのサイト「極端大仏率Returns!」の中で次のように書いておられる(31.Oct)。「この世でもっとも難しいピアノ協奏曲はクセナキスの『シナファイ』」で、「この曲はなんと、16声ものパートを一人で弾かなくちゃならん(人間の指は10本しかない!)難曲で、最後の方のソロパートでは10段もの楽譜になっている」とまず前ふりし、それから以前の記事について言及しておられる。

その内容は彼自身の要約によれば「音楽家はみんなにその仕事の真価を理解してもらえるのに、物理学者は専門知識のある一部にしかわからないようなことをやってるので寂しいよう、という話」ということなのだが、ご本人もこのまとめかたには多少の問題があると認めておられるので、直接原典に当たられた方がいいかもしれない。

要は、ピアニストも物理学者も、その出発点レベルに達するだけでも、日夜基本的なトレーニング(物理学者なら数式を処理する訓練)をしなければならない、それなのにピアニストは一般の人々をその音楽で魅了し、うまくいけば異性を引っかけまくることができるのに、物理学者はその仲間内で通じるようになるだけというのは、不公平ではないか、ということである(こちらの要約もかなり問題)。しかし、シナファイぐらいになると、物理学者と同じで、「専門とする人間以外には理解できない世界」に入ってきているのではないか、と続く。これを演奏しても異性は引っかけられまい、ザマをみろというのが本音であろうが、さすがにそこまでは書いていない。

それとおまえが例に出した「母親殺害未遂事件」と何の関係があるんだ、と思われるだろうが、実際何の関係もなく、ただ世の識者たちがこういう事件に対して述べる御高説、とりわけ精神医学や心理学の枠組みからの意見がある意味「シナファイ」みたいなものだと言いたいのだ。昨日は失礼にも「極東ブログ」の記事を例にして、理解できないなどと自分の無知をよそに勝手なことを書いたが、少なくとも自分の受け持ち患者があの手の事件を引き起こしたら、ああいう自らの所感でその背景を説明するようなことは絶対やらないのである(やれないし)。

我々はクセナキスのような超絶ポリフォニーは決して奏でず、言うならば初心者向け3コードしか使わない。事実関係を明らかにし、病的過程の有無を判断し、医療的介入の是非について決定するだけである。スポーツでもアマチュアの方がプロより技巧に優れている分野があるが(スキーとか、スケートとか)、精神医学もその一つなのである。個人的な趣味のレベルで技巧を駆使するのは自由で、それが「芸」のレベルに達するものなら物書きとか(キムラビンさんとか)、マスコミ芸人(なんとかリカさんとか)になるのも一つの道である。多様な生き方を切り開く勇気には賞賛を惜しまないのだが、それとサービス業としての精神医学臨床は全く別モノなのである。

そのあたりがもう一つわかっていない精神科医が時々いるのは事実ながら、おおかたの人はこの辺をごっちゃにすることはない(筈)。もちろん、世の識者は偉大なアマチュアであることが多く、実際に臨床みたいな辛気くさいことにかかずりあってはいない。しかし、彼らの無責任にして鋭い意見は、当然プロも共有しているに違いないと世の人に誤解させるという、かなりはた迷惑な副作用があるのだ。もちろんそれはプロの無知に責がある場合もあるが、おおかた、学問もどきエンターティンメント言説を有効な科学だと勘違いする世の人々の幻想に原因がある場合が多い。そういうのって、だいたいクセナキスよりわかりやすいしねぇ。

そんなわけで、物理学者やピアニストのように、ほとんど日夜におよぶ努力もなくて専門職をやっている我々としては、せめてその本来の仕事であるサービス業職務を果たすことに全力を注ごうではないかというのが一応の結論である。え、「母親殺害未遂事件」はどうなんだって?世の中には訳わからんことする人は多い、というあたりで勘弁して頂くしかありません。自分の痛みには敏感だが、他者の痛みには全く目を向けられないという人はいますからなぁ。あの年代なら、精神疾患の始まりである可能性は高いのではないかなぁ、というのが精一杯の意見。

投稿者 webmaster : 2005年11月04日 13:44

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コメント

しかしそこには理解できないものが「ある」という認識は持ちつづけるべきだと思います。

投稿者 通りすがり : 2005年11月09日 14:45

お邪魔します。
鋭すぎるけれど臨床とかなーり離れたご高説によってちょっと困った事が起こりがち、というのは私もしばしば感じることです。なんとなくというかモロに「同業」の匂いがします。ご高説による影響は臨床面でも非臨床面でも極めて大きい一方で、精神医学のリアルとの乖離が無視されているような印象を受けます。何とかならないものですかねぇ。

投稿者 シロクマ : 2005年11月08日 21:19

> 音楽家はみんなに
> その仕事の真価を理解してもらえるのに、
件の「シナファイ」を拝聴してみましたが、
私には真価を理解できませんでした。
ピアノといい、オケといい、
これが譜面に基づいた演奏なんですか?
現代音楽は私には理解不能です。

投稿者 スポック : 2005年11月05日 00:57

スポーツ選手や芸術家は、
テクニックを駆使して見せる(魅せる)のが仕事ですが、
それは堅気の人間がやるべきことでは無いと思います。
ベテラン運転手はカウンターを当ててコーナーを曲がったりしませんが、
突発的な障害にも冷静に対処できるだけの技量を持ち合わせています。
昔から「能ある鷹は爪を隠す」とも言いますし。

投稿者 スポック : 2005年11月04日 23:53

こんばんわ。機械設計が仕事の私です。
私が尼崎の脱線事故で感じた違和感と同じような事なのかなあ、と思ったり思わなかったりしました。

投稿者 シュパンリング : 2005年11月04日 23:09

月並みですが、ブードゥーまがいの意見なんかより数千倍価値がある話だと思います。(別にブードゥーに悪意はありませんが)

精一杯の意見というか、それこそ実際に会ってもいない人間にそれ以上言えてしまうならそれこそ、webmasterの職業を疑うところですわ。

投稿者 まるK : 2005年11月04日 18:17