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ヘロヘロと泥酔していたら、あっという間に正月休みが終わってしまった。なんか、その間みたTVの内容もよく覚えていないぐらい。というわけで、年末に読んでいた本の感想でも書こうと思う。まずは12月27日に触れたクリシンの「パンツを脱いだサル」の「ケーススタディの一つ」という位置づけの一作。前作にはなんじゃこりゃ?みたいなことを言っておいてまたクリシンかよ、と思われるだろうが、見切ってしまったつもりになって本を読むと、逆に価値を発見できる時もあるのだ。
といって、この「シリウスの都 飛鳥」は「パンツ~」以上にトンデモ度が高い物件で、おまけに充分推敲するヒマがなかったのか、文体の乱れや論旨の崩れが著しい。「思考の迂遠化」や、「他人に通じない比喩の多用」が目立って、いわゆる「脳血管障害における思考の粗雑化」のケーススタディになってしまっているのである。そうなってしまうのも、彼の問題意識があまりにも鋭く、それを解きほぐす道がすぐには見つかりそうもないところに、病を得てしまった焦りが大きいのであろう。人間、そこそこでやっていくのが一番だという見本である。
簡単に要約すると、クリシン氏が主張してるのはこういうこと。(1)日本には、巨石文化をもった超古代権力が存在し、それが全国をメッシュ状にカバーする聖なる情報ルートを管理していた。(2)その情報メッシュは初め北日本を起点にしていたが、後にヤマトの三輪山を起点とした体系に組み替えられる。(3)日本には幾つかの現実的権力国家が成立していたが、それらはヤマトの象徴的権力のもとに緩やかな連合を組んでいた。
(4)ミトラ教を奉ずるユーラシア遊牧民の出自をもつ蘇我氏は、日本海を渡って東北にいたり、常陸の国にその基盤を作る。(5)蘇我氏はやがてヤマトに至り、そこで双分制(現実的権力と精神的権力の並置)を基本とする王権を確立する作業に着手する。(6)しかし、蘇我氏はそこでいささか焦りすぎ、身内の裏切りにあって王権を追われる。(7)追放された蘇我氏系の人々は、その後の武士団や水利鉱山技術集団、民間信仰関係者となって、「裏の権力」を構成することになる。これが日本の文化の二重性、権力構造の二重性を生むことになる。
初めの超古代権力ってのはなんだったんだとか、二重性は別に蘇我氏を持ってこなくても説明できる(よく判らん原初ヤマト権力なるものだって二重性だろ?)じゃないかとか、言いたいことは山ほど出てきてしまうのだが、そんなチンケな疑問などこの壮大な前提の前には消し飛んでしまう。初めの全国に張り巡らされた情報メッシュというのは、夏至と冬至の太陽が昇る方向にひかれた線なのだそうで、日本の聖なる場所はまずこの線で結ばれた所に位置しているそうな。そこで超古代権力は巨石を用いた光通信をおこなっていたという。
そんなもの単なる方向でしかないのだから、、適当に山のてっぺんとか神社の位置などを選択的無視の法則を使って結べば、そこそこの線は引けるだろうと賢しらな反論をしてもだめらしい。当然結び切れないところが出てくるところは、初めと後では基準点が違うと説明される。その上、「シリウス」である。蘇我氏は北天でもっとも明るい星である「シリウス」を神格化していたため、先ほどの情報メッシュの方位に対抗し、冬至だったか新年だったかにそれが現れる方位を聖方位としたのだという。
おまけに、蘇我氏は他の勢力になぜか「遠慮して」その聖方位を若干修正することもあったようで、かくして、ほとんどのものはこれらの方向性のどれかを使えば結べることになるのだ。まさしく、負けを知らぬ弁証法とはかくのごときものだろう。つまらぬ茶々を入れるのはやめて、じっくり鑑賞する他あるまいと思わせる。
昔、私は蘇我入鹿の屋敷があったと言われる甘樫の丘の近くに住んでいて、休みの日などにはあのあたりをよくぶらついたものだ。その時感じたのが、なんでこんなセコイところに古代の王権が生まれたのだろうという疑問である。農業生産力だってしれているし、交通の要衝でもなく、人が集まってくるような根拠がないのである。クリシン氏が修正(?)引用する渡辺豊和氏の情報網の起点説は、なんとかそのあたりを説明しようとする学術的欲求と、超古代を幻視する霊感とのコラボレーションといえるだろう。
その説によれば、人々は情報アクセスのためにヤマトを目指したのだ。「まほろば」とは、情報中央コンソールという意味だったのである。そのトンデモ性をタップリ鑑賞するもよし、あらゆるものに意味の氾濫を見いだしてしまう素朴な野生の思考にクリシン氏が目覚められたらしきことを寿ぐのもよし、日本文化のグローバルな位置づけを再発見するよすがともなる好物件といえる。
なお、クリシン氏が引用する渡辺豊和氏はかなり著名な建築家で、その縄文の感性あふれる建築作品群は一見の価値がある。これらの作品を見ていると、全日本をカバーする超古代光通信網という発想も、そう奇異なものとは思えなくなってくるから不思議。
投稿者 webmaster : 2006年1月 3日 16:23
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トラックバック時刻: 2006年1月 8日 19:40
今年も楽しみに拝読させていただきます。
栗本氏は絶頂期に「パンツをはいたサル」1冊読んだきりでしたが、トンデモの世界へ逝ってしまいましたか~w
ご紹介のようなトンデモ本を絶頂期に出していたら、罵倒されたり嘲笑されたり、さんざん恥をかいて、まともな業績にも傷が付いたことでしょうね~
しかし、忘れ去られた今となっては読む人もblog主のような昔からのファンだけでしょうから、あまり話題にもならず、昔の業績に傷も付かないでしょうから、まぁ良かったのかも?w
トンデモの世界に逝ったのが100㌫病気のせいなら同情しますが、それだけではないでしょう?
投稿者 pb : 2006年1月 3日 20:37