« 暖炉に煙突が必要な理由 | メイン | SPAM ブラックリスト公開API »
小学校の時の算数で、「植木算」と「鶴亀算」*というのがあった。前者のほうは、例えば10mの長さの垣に植木を1m間隔で植えていくと何本必要かという問題で、10m÷1mだから10本だろうと迂闊に答えるとそれは間違いで、まず初めに植える1本を足して11本というのが答えなのである。この「初めに一本植えたのを大概の奴は忘れる」ということを根拠に、なにか計数的な公式みたいにいう植木算というのは大嫌いだったし、その狙い通りに1を足すのを忘れてペケをもらっていた。
だから今でもこの系統の計算が苦手である。例えば、診断書で休業期間とか入院期間を書かねばならないような時。12月3日から17日まで入院した場合、入院期間14日と書いてしまって、後で事務から書き直しを命じられることがしょっちゅうである。まして月や年をまたぐと確実に間違えるので、最近は日数計算のCGIにたよりきっていて、ネット接続PCがないところでは診断書も書けないデクノボウである。
なんでこんなことを書き始めたかというと、昨日の内田樹氏のブログ記事に、橋本治と対談した時「1968年入学と1970年入学の間には深いクレヴァスがあるのだよ」といわれたことがあると書かれていたのがきっかけである。もちろんこれは彼らが東大出身であって、紛争による入試中止という年を挟んで入学した世代を、それぞれ代表している(橋本氏の入学年度までは知らんけど)ことを意味する。
内田氏の記述は、この4日と5日の毎日新聞夕刊に掲載された養老孟司と橋本治の対談記事「団塊を知らない子供たちへ」を踏まえたもので、その対談も内田氏の記事もそれなりに趣深いものではありつつ、基本的には「世代論」というものに胡散臭さを感じるほうなので、どうしても距離を置いてしまうのだ。もちろん、同じ年生まれの内田氏のいうことによりリアリティを感じるのは事実なのだが、それにしたって特別な連帯感を覚えるほどではない。
むしろ、「内田氏は東大入試中止という現実にたいして、あえて1年待って東大に入るという道を選んだんだなぁ」という感慨が大きい。いわゆる「象牙の塔」という大学の権威は失われても、エリートを生み出す装置としての東大という役割だけは維持されたという実例を見る思いがするのである。私も東大入試中止という思いがけない出来事のおかげでえらく混乱を強いられたが、それはあくまで入試対策を直前になって練り直さないといけないという技術的なものに限る。政治的言辞がフェイクであることが露呈するときに出会ったからといって、別に自分の成熟がそれで阻害されたなどとは全く思わないのだ。人間は常に行き当たりばったりという、つまらん人生観が強化されたのは事実だけれど。
ところで、その話とお前が最初いってた「植木算」とは、何の関係があるのかといわれるだろうが、それは単に私があの東大入試中止の年を1968年だと思っていたということである。50年生まれが18才だったんだから、68年と単純に考えていた。1を足さにゃイカンのですよね。かの「青春の終焉」で、1968年という年が特別なものと述べられていたのを妙に納得したのも、実はこの勘違いのせいであったということが判っていささか意気消沈するのだった。
*「鶴亀算」は確か、全部鶴、もしくは亀だと仮定した場合の数の差をどうこうするというようなものだったと思うが、教師の説明は結局なんのことか判らなかった。そんな妙なことするぐらいなら、4x亀+2x鶴=足の和、亀+鶴=総頭数というのが判っているのだから、前の式から後の式の両項に4か2を掛けたものを引き、直接亀か鶴の頭数を割り出せばいいじゃないか。要は、教えられずに2元1次方程式の建て方と、その解き方を自分で考えて答えを出していたのだが、これが教師にはいたく気に入られなかった。お前は中学生に方程式で解くやり方を教えてもらったろう。そんな横着なことをしてはいけない。ちゃんと教えられたやり方で解くのだと、答えはちゃんとあっていてもそれを正解にしてくれないのだ。私はかなり前から教育というものを、どんな形であれ全く信じていないが、その端緒はこれであったような気がする。
投稿者 webmaster : 2006年01月07日 23:42
このエントリーのトラックバックURL:
http://med-legend.com/mt/mt-tbcba.cgi/673
このリストは、次のエントリーを参照しています: 植木算:
» 【人物】 橋本治 from PukiWiki digital-momonga (PukiWiki/TrackBack 0.3)
[一覧] 人物一覧 「著者紹介」集 プロフィール † ↑関連情報 † 1968年東大駒場祭ポスタ... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2006年01月09日 01:03
» 先生は今日も夜回りに出る from Freelancer Like Croton Leaves
11/5放送の「生きていてくれて、ありがとう〜夜回り先生・水谷修のメッセージ 2〜」http://www.nhk.or.jp/css/kaizenjire... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2006年01月11日 14:07
少年だった北杜夫氏に御父上が
「よし、お前来年は中学を受けろ」
藪から棒にこう言われて死に物狂いで勉強するも
「待てよ、お前来年は何年だ?」
「はい、五年生になります」
「…一年間違えたな」
などというやり取りがあったように思いますが、旧制ならではのエピソードですね。
実の親がこれですから(笑)。
投稿者 小狸工房 : 2006年01月09日 20:03
ちなみに内田樹氏は69年は京大法学部を受験したらしいです。京阪電車がポイント凍結で止まって大幅に遅刻したというエピソードを昨年12月22日に書いています。
投稿者 kusumitama : 2006年01月09日 19:20
18才の時に入学するのはいいのだが、その時には69年度になっている、ということを失念していたわけ。
自分のなかでは、こういう間違いは植木算の苦手意識とまったく重なっているわけですが。
投稿者 webmaster : 2006年01月09日 08:46
先生としては「数学」での解き方は数学を習うようになってから・・と言うことで、「算数」の時間には算数での解き方を覚えなさい、と言うことじゃないですかね。正解を出すことよりそれに至る考え方を勉強させたかったのだと思います。もちろん50年近く前に習ったことなので、今では鶴亀算や旅人算なんて覚えちゃいませんが・・・
入試の年のことですが、1月1日~4月1日生まれの人は単純に生年+18年で良いんじゃないですか? 確かに4月2日~12月31日までに生まれた人が試験を受けるのは18歳になった年の翌年になるので更に+1年となりますが。
投稿者 imomushi : 2006年01月09日 04:13
つまらない突っ込みですが、50年生まれが18歳になるのは68年で正しいですよね。入試が69年というのは植木算ではなく早生まれ遅生まれの問題ではないかと。
違うでしょうか……。
投稿者 マツムら : 2006年01月09日 01:10
鶴亀算、小学生の頃は好きでした。
天才と誉れ高い大学教授の叔父に、「この計算を、公式を使わないで解いてみて」と言って意地悪をすることができましたから。
投稿者 ねこめし : 2006年01月09日 01:09
姉が小学生の頃、
「十人で鬼ゴッコをしました、三人捕まりました、残りは何人でしょう」
という出題に、クラスでただ一人正解したとの事。
段階を追って学習しないと将来の伸び悩みの原因となるという親心でしょうけど、そういうのが通用しない子供を手元に留めておく必要も考えられているわけです。
素直な子供は周囲に歩調を合わせる処世術を身に付け、もっと素直な子供はストレートに混乱いたしますが。
はい、鬼が一人いるはずなので残りは9-3ですね。
姉はナンタラの基準によると「超天才」の部類に属するそうですが。
投稿者 小狸工房 : 2006年01月08日 22:14
>お前は中学生に方程式で解くやり方を教えてもらったろ
>う。そんな横着なことをしてはいけない。ちゃんと教え
>られたやり方で解くのだ
それが権威と言うものですね。
当局側であろうと労働組合側であろうと。
いや、労働貴族の方がもっとその傾向は強いかな?
共産恐怖政治の根幹的考え方ですから(笑)
投稿者 skt48 : 2006年01月08日 18:44