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2006年01月14日  フランシス・ファーマー収監される [今日は何の日]

frances_farmer_s.jpgフランス・ファーマーは1913年にシアトルに生まれ、幼い頃からその才能と美貌で注目を浴びていた。高校生の時に書いた詩、「神は死んだ」が全国大会で優勝し、ワシントン大学で演劇を学んだ後、女優を目指してハリウッドへ乗り込む。当初はB級映画に甘んじていたものの、「大自然の凱歌」(1936)で絶賛を浴び、「第二のグレタ・ガルボ」と言われるようになる。しかし、結婚生活の破たんや映画会社のセックスシンボル的な扱いに耐えられなかった彼女はハリウッドから一旦去ることになる。

数年後映画界に戻ったフランシス・ファーマーは、以前のトップスターの扱いも受けられなくなり、次第にアルコール症への道を歩むようになる。1942年10月、日本軍の空爆があるという噂のなか、灯火管制に従わずに飲酒運転をしていた彼女は検挙され、500ドルの罰金を科せられる。彼女はその罰金を全額支払わず、翌年1月14日、地裁に召喚される。彼女は人定質問で職業を問われると、悪びれることなく"CockSucker"と答え、即座に180日間の収監を言い渡される。

釈放された彼女は翌年ワイオミング州立精神病院に入院。そこで様々のトラブルをおこし続ける。手のつけようがない暴力傾向があるとされた彼女は、当時の標準的治療であったインシュリンショック療法や電気けいれん療法を何度も受けながら、数回の入院生活を過ごすことになる。

なお彼女に関する伝記は、彼女がこの治療経過の中で経眼窩ロボトミーを受けたと書かれていることが多い。米国でのロボトミー治療の伝道者であったフリーマン医師の、手術風景として紹介されるこの写真(1949年にシアトル・ポストが報じたもの)が、まさにフランシス・ファーマーの手術であったとされるのである。1982年、彼女の半生を描いた映画、「女優フランシス」がこのエピソードを採用したため、彼女は「ロボトミーの犠牲者」として広く知られることになる。

実際には彼女はロボトミーを受けていはいなかったのだが、10年に及ぶ入院生活は、彼女の衝動傾向とともに、その女優としての輝きも低減させていた。50年代なかば、ハリウッドに復帰した彼女はいくつかの映画に出演したが、再び脚光を浴びることはなかった。アルコール耽溺に逆戻りした彼女は、1970年に食道癌によって死ぬ。享年57。

彼女はおそらく今なら境界例人格障害と診断されるであろうが、こういう人に収容所病院が厳格な秩序や治療原則を押しつけたって、全身全霊をかけた反発を引き起こすのが精一杯である。せいぜいのところ、頭を冷やす時間と空間を確保して、あとは自己責任でやってくれと突き放すしかない。周囲のつたない善意とか、見当はずれの治療意欲というようなものを、ことごとくネガティブなエネルギー源にしてしまうのがこのジャンルの人たちの特技なのである。

ロボトミーという悪魔の手術の犠牲者であるという伝説が彼女について回ることになったのも、善意の対応が彼女をさらに悲劇の泥沼に引きずり込むことになる悪循環のもどかしさを、多くの人が自ずから感じ取るからに違いないと私は思う。

参考記事"Frances Farmer" from Wikipedia.

投稿者 webmaster : 2006年01月14日 23:59

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コメント

へ~ぇ、あの映画、「制作上のウソ」だったんですね。

初めて知りました。

投稿者 狼少年 : 2006年01月16日 16:07

適度に突き放すしかない、それがメインの治療法だとい
うことは存じております。夜回り先生の件はひとつの例で
して、あの先生も言って分からない子は適度に突き放し
ている。

境界例の話は後々書く予定ではいます。恐ろしくエネル
ギー使いそうですが。

投稿者 Hiroko_Y : 2006年01月15日 14:17

学生の時、三百人劇場でこの映画見ました。
すごく怖かった。それまでだって『カッコーの巣の上で』など見ていたのだから珍しくもない内容という気もするけど、
ジェシカ・ラングの鬼気迫る演技にノックアウトされました。
今でも便器のところにうずくまる彼女の姿が、自分が2日酔いで苦しんでいるときに、思い出されて、ぞっとします。

投稿者 さんがつ : 2006年01月15日 14:08