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2006年01月20日  ひとつ目の子ネコはデマにあらず [ニュース]

昨年暮れ、オレゴン州レドモンドでひとつ目の子ネコが生まれたという報道があり、その衝撃的な写真があちこちのニュースサイトやブログで取り上げられたのはご存じの通り。可哀想に、一日しか生きられなかったと報じられたが、その写真の真贋をめぐっていささかの論争が起こったということだ。第一報元のAPは、伝説のひとつ目巨人、サイクロプスから、サイというニックネームまで付いたこの子ネコは、あくまで本物だという続報と、保険のつもりか、反対意見の紹介もご丁寧に行っている。

実際、フォトショップを使えば素人でもかなりの写真加工が出来るこの頃なので、あんな風に写真ばっかりが全面に出てくる報道を前にすると、マユに唾をつけたくなる気持ちもわからないでもない。しかし、ああした先天異常はそれほど珍しいものではない。ほとんどは自然流産するが、実際にこの子ネコ例のように、生きて生まれてくる例も結構ある。

正直いって猫の場合の頻度までは知らないが、人間の場合、1~2万例の出産について1例程度の割合で見られるはずである。今の日本の出生数、年間100万強ということから換算すれば、年に数十例の不幸な赤ちゃんが生まれていることになる。この先天異常は脳の左右分化が障害されるということが本態で、いわゆる左脳と右脳が形成されないため、それにつながる目も一つということになるわけ。もちろん、障害の程度は様々なので、重度障害を持ちながら生存する例もあるが、単眼症を示すような典型例ではまず長期生存は無理である。(この解説などを参照のこと)

原因は遺伝子異常であることが多いが、中には全く異常の認められない例もある。ざっと検索していたら、こういう例が時折生まれることを持って、出産前遺伝子検査を正当化しているような意見がけっこう見られたのが興味深い。それが義務化されていたら、この手の意見をはく低脳小僧も、この世に生まれずに済んだかもしれない。今のところはこうした運命のいたずらを人は受容するしかなく、さしたる障害もなく生まれてきた我々は、その幸運に感謝しながら自分の人生を生きるべきであろう。

悲惨なものの存在は無視したくなるのは人情ながら、そう希な例ではないものまでインチキだと決めつけようとするのは、一種の退廃なのかなと思わせるのだった。

投稿者 webmaster : 2006年01月20日 23:57

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コメント

cyclopia でぐぐると単眼症の赤ん坊やヒツジの症例が見つかります(グロテスクなので注意)。
ヒツジの場合、親が妊娠中にCorn Lilyという植物を食べると単眼の仔が生まれるようです。

投稿者 kmori : 2006年01月25日 14:13

生存できるかどうかは、循環系とか中枢神経系などの、生命維持機構そのものに障害があるかどうかの一点でしょう。

同義反復だけれど。

投稿者 Webmaster : 2006年01月23日 22:43

> 重度障害を持ちながら生存する例もあるが、
> 単眼症を示すような典型例ではまず長期生存は無理である。
たしか、出目金という金魚も突然変異だったと思うのですが、
生き残れない障害と、次世代まで遺伝子を残せる変異とは、
どのように違うのでしょうか?

投稿者 スポック : 2006年01月23日 12:47

誠に不謹慎ながら、単眼子猫の写真を拝見しながら、
日本古来の「一つ目小僧」を思い出してしまいました。
もしかしたら、実在していたのかも知れませんね。
(たぶん死産だったのでしょうけど)
それが「妖怪伝説」として語り継がれたのかも知れません。
余談ながら「ろくろ首」という妖怪は、
元来「頭部が胴体から離れて飛び回る」妖怪であり、
それが語り継がれるうちに「首が長く伸びる」妖怪に、
変わっていったのだそうです。

この投稿は不適当だとご判断になられましたら、
何卒、お捨て置き下さいますよう、お願い申し上げます。

投稿者 スポック : 2006年01月23日 11:56

サイクロップス?

投稿者 hmmm : 2006年01月21日 02:28