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滋賀県で幼稚園児が二人、別の園児の母親に刺殺されるという事件があって、その現場の名前が相撲町(すまいちょう)だというので、事件の悲惨さやその内容の奇妙さとは全く関係なく、懐かしさをまず感じてしまう。もう20年近く前、あの辺で仕事をしていたことがあるのだ。関西地方というのは、どんなド田舎であっても、まずもっともらしい由来の一つや二つが伝えられているものだが、ここもその地名にふさわしいものがあったと記憶している。
たしか、奈良時代の宮中で行われていた相撲会の経費を捻出するための、朝廷直轄領地があの辺にあったというような話だったと思う。その地名も当然、奈良時代に遡るわけである。相撲の起源は天皇制と深く関連していて、垂仁帝の頃、当麻蹶速という当代きっての格闘家に対し、出雲出身の野見宿禰という勇者とのデスマッチを宮中で行ったのが始まりとされる。野見宿禰は当麻蹶速の必殺キックをくぐり抜け、相手の腰を踏み折るという荒技でこの戦いを勝ち抜き、蹶速の領地を賜わって朝廷に仕えたとのこと。その伝統を踏まえて、神事でもあり、ある意味興行でもある相撲が伝えられ、現在に至っているとされる。
垂仁帝自体が神話的存在なので、この話は古代国家の権力構造を神話で表現したのだろう。当麻蹶速という、名前からして当時の中央エスタブリッシュが表現されているチャンピオンに、被征服者である出雲出身チャレンジャーが打ち勝つという内容で、当然それが主張しているメッセージは、実質は渡来系権力による先住民の暴力的支配に他ならぬヤマト政権には道義的な正当性があって、そうした対立を止揚するというものだろう。
その後も、蘇我氏の追放に見られるような権力構造の変化はあったわけだが、こうした支配-被支配構造の曖昧化をはかる神話的仕掛けというのは、この国では常に繰り返される支配手段となり、それは現代に至ってもあまり変らないのは皆の知るところである。
そんな「中央の神格的権力によって担保される弱者のパワー」というような胡乱なイメージが、いささかなりともあの事件発端の一因でないことをを祈るばかり。
投稿者 webmaster : 2006年02月18日 23:59
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