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職場旅行とワールドカップ観戦のダメージからの回復思わしくなく、ひたすら養生につとめようと、暇な時間は読書に費やそうと選んだのがこれ。「夏のエンジン」(矢作俊彦著:文春文庫)。
ある意味、「欲望」にまだ生々しい実感が残っていたといえる60年から70年代の若者たちの姿を、「車」をキーワードにして描いた12編の短編集である。中にはバブル末期の時代設定編もあるものの、やはりそのテーマは過去にある。
あの時代の夢と希望というものは、常に「車」の姿を借りて現れていたのだ、ホントに。もちろん、今だってそう言えないことはないが、その象徴度というか、唯一無二性の程度が違うのである。要はビンボ臭い話なのだが、多様性という名の価値喪失以前の、青銅の時代がそこにはあったのだ。
主人公たちは基本的に、あの時代には恵まれていた金持ちの息子とか、ハーフのモデルというような浮世離れしたような連中なのだが、それにも関わらずというか、それ故にというか、ようやく豊かさの実感(それがすでに獲得されているにせよ、憧れであるにせよ)が浸透しつつあった時代の気分というものをうまく切り取って提示してくれているのだった。
もちろん、作者はそんな過去の欲望についてのノスタルジアを書こうとしているのではなく、そういう高揚気分が結局帰着することになる、がっかり感こそを描きたいのであろう(多分)。BMWアイセッタに心奪われる少年が主人公の「ボーイ・ミーツ・ガール」にある、「大きくなるっていうのは、つまりがっかりするということなのだろうか」という一節が、それをよく表していると思う。
それでも、かっての欲望の対象であった車たち自体は、やはり今も輝きを失っていないのだ。そういう車たちを手に入れるための豊かさとの縁を結ぶに、いささか遅きを失してしまった私としては、読後感を一言でいうなら、嫉妬という言葉以外に適当なものを見つけられないのである。
投稿者 webmaster : 2006年06月13日 23:38
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