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こちら経由で知った二つのお題。
まずはこの「これぞカップヌードルの作り方」。工夫といえば工夫なんだろうが、何でこんなクソ面倒くさいことしないといかんのかが理解できない。大体、あんな小さな穴から熱湯を注ぐというのは、かなり危険な行為と思われる。
カップヌードルに関しては、こちらの卓見にすぐるものなし。私なんか、チキンラーメン作るときにも蓋なんかしません。そもそも、あれはちょっと芯があるぐらいの方が旨いと思う。
二つめは「鏡の法則」なるもの。残念なことに、こちらはその内容が余りに気色悪く、いささか寒気を覚えざるを得なかったので、詳しく触れるのはやめにしておく。ただ、「心理学ではずいぶん前に発見された法則」なんて書いてあるのだが、浅学にしてその法則を聞いたことがない。少なくとも精神医学とは全く関係ないと思うが、勘違いする向きもあるのだろうな。
何となく「一杯のかけそば」を思わせる、というのが最終的印象。
投稿者 webmaster : 2006年07月03日 19:59
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» 俺にはハンカチは必要なかった from おやじまんのだめだこりゃ日記
あるところで豪一郎がゆく: 鏡の法則(ハンカチを用意して読め!)という話が話題になっていましたので、俺も読んでみました。
俺にはハンカチは必要なかっ... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2006年07月19日 09:22
都市伝説にあったとりあえず痛み止め注射を打つ医院を思い出したり。
ある程度何にでも効いたかに思われる万能薬。
でも実際は何も治っていないと。
心にも対症療法の方が有効でしたっけ?
投稿者 こんてにゅうや : 2006年07月05日 21:03
ええと、一応…。私はこの「鏡の法則」とかいうやり方には反対です。
B氏がまっとうなセラピストであるならオカルトじみた話で信用を得ようとしたりしないし、「和解ができないならもう相談には乗れませんが」というような脅迫じみたやり方はしないはずです。
たぶんこの文章を創った人が聞きかじり(あるいは1度読んだだけの本)の知識だったか、もしB氏が実在するならばB氏がそうだったのでしょう。
>>自分が子供のころ与えられた感情をそのまま自分の子供に与えてしまうというのはよくあること
>そうですかねぇ。そんなことにこだわって生きる人が、世の中に何人いるだろう。そうあって欲しいと思う、役にも立たん似非学問にすがる人はいるだろうが。
そう考えられる先生は、大人して成熟できた立派な方なのだろうと思います。こう言うとなんだか嫌味に聞こえそうですが、嫌味ではないんです。親からの影響に苦しまないで対人関係なり親子関係なりを築ける人には、この話は無用のものです。
ただ内容からして、必要とする人にもそのまま与えていいかというとそうではないと思いますが…。この相談者の息子が虐めから解き放たれたのは、母親が父親と和解したためではありませんし。
しかし似非学問でばっさり切られてしまうと、少し寂しい気もします。
投稿者 pea : 2006年07月05日 19:50
>自分が子供のころ与えられた感情をそのまま自分の子供に与えてしまうというのはよくあること
そうですかねぇ。そんなことにこだわって生きる人が、世の中に何人いるだろう。そうあって欲しいと思う、役にも立たん似非学問にすがる人はいるだろうが。
それと共依存する親子なんてごく普通でしょ。子供は親の束縛から逃れようとしつつ、都合のいいところでは依存するのだし、親が子供を幾分か当てにするのもまた事実。非難されたり、ましてや「治療」される必要なんかないことだと思いますが。
私があの話で一番気色悪かったのは、子供の問題で悩む親に対して、「タカビーなあんたがウザイからだよ」と、サブミッション技をかけ、自分に心酔させることだけを目的にしたセコいテクニックをしかけていることと、母親がそれに見事に引っかかかっていること。
なるほど、こういう連中はこうやってカモに食らいつくのだなと思ったものです。実際の解決なんかホントはなかったはずですよ。ガキなんてのはイジメ-イジメラレの経過で育っていくもので、あの母親の自己愛をうまく満足させ、自分への帰依をうまく導くことができればあのB氏にとっては成功なんです。
ああやって、あの被相談者は益体もないカウンセリングで世渡りしているんですな。カモはトップがアホな企業に限られることを祈るのみ。
投稿者 Webmaster : 2006年07月05日 09:55
「一杯のかけそば」で、じーんと涙が溢れたかと思えば、その涙が乾かないうちに、「あいつは詐欺師だ」と口から泡を飛ばして罵れるのが、日本人のいいところです。
投稿者 スポック : 2006年07月05日 01:26
物理的限界に達せずに、人口増加が止まるなんて、なんて生きにくい世の中なんでしょうかね。
投稿者 まかない : 2006年07月04日 23:56
はじめまして、はじめてコメントします。
「鏡の法則」についてなのですが、部分的に、共依存の親子関係を持つ母親に対するセラピーのように感じました。親に対するように夫に対したり、自分が子供のころ与えられた感情をそのまま自分の子供に与えてしまうというのはよくあることですよね…。
この場合気持ちが悪いのは「気持ちが繋がっている」とか「世界は鏡である」とかオカルトっぽい理屈で説明している部分で、なんか心理学的なアプローチに拒否反応を示してしまう人に対してこういうちょっとファンタジーっぽい理由付けがされたのかな、とか…。
重・軽度に共依存的な親子が増えている状況から、この物語に共感する人はとても多いのではないかと思います。セラピーのアプローチとしても間違ってはないんじゃないでしょうか、でもオカルトに拒否反応を憶える人にとってはあまり有効ではないかもしれません。
関係ないですけど最近流行の「オーラを見る」とか「前世の守護霊が」とかいうのも、オカルトの力を借りた単なるカウンセリングなのではないかと思っています。そういう理屈のほうが通りがいい層というのが確実に存在するということなんでしょうね…。
投稿者 pea : 2006年07月04日 23:03
カップ麺の蓋の意義: 「さあ食べるぞ!」というときに、ふわふわっと上がる湯気に意趣があるだけさ
投稿者 愛読者 : 2006年07月04日 22:04
私の場合、寒気を覚えたのは、鏡の法則そのものより、むしろ、アレに無批判に感動して感情移入してしまうヒトがあまりに多いようだということです。
小泉劇場の有効ぶりなどからも推して知るべきではありますが。
投稿者 blackdragon : 2006年07月04日 13:36