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2006年12月10日  スーパー・エッシャー展 [アートとかグッズなど, 日常]

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昨日はそぼ降る雨をついて、渋谷まで「スーパー・エッシャー展」を見に行く。土曜の午後ということで混雑を覚悟していたのに、天気のお蔭かチケットを買うのに10数分並んだだけで済んだのが有り難い。

入場すると任天堂DSを渡され、それが館内ガイドになっている。美術展に来て、現物ではなくてビデオ画面に見入るというのも妙な話ではあるものの、そもそも版画なのだから、見ているのはコピーという点では同じですな。

展示されている作品は、エッシャーといえば連想するだまし絵手法によるものは半分ぐらいで、そういう手法を完成させる前の風景版画が数多くあったのが印象的。エッシャーは1920年代から30年代初めまで南イタリアで暮らしていて、その風景をいたく気に入っていたのだが、ムッソリーニの台頭でその地を去らざるをえなくなり、描くべき風景に恵まれなくなったために、自分のイメージ世界を創り上げることに専念し始めたのだという。

ヨーロッパって、福助足袋の看板やらが観光地に林立している某国と比べれば、どこに行ってもその景色には魅入られますがなぁ。まあ、おかげで我々は彼の特異な脳内の風景を堪能出来ることになったわけだけど。

展示場の最後には、なぜか「少年マガジン」がたくさん置かれていた。少年マガジンはしばしばその表紙にエッシャーの作品を掲げており、記事の中でも何度か取り上げていたのだった。そういえば、「不思議美術館」なんて題名の色ページがあったような。

写真に示したのは、ミュージアムショップを出たところに置いてあるガチャガチャでゲットしたもの。なんか、この展覧会に行った人はこれを手に入れるのがデューティになっているようなので、それに倣っておく。ペダルテルノロタンドモヴェンス・ケントロクラトゥス・アルティクラトゥスという「学名」がついた空想生物である。日本語訳は「でんぐりでんぐり」。

本物(?)は節足構造になっていて、足で歩くだけでなく、丸まって回転移動も出来るらしいが、フィギュアの方はさすがにそこまで細かくなく、組立の向きを変えないと丸まらないのがちょっと残念。

投稿者 webmaster : 2006年12月10日 12:25

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コメント

エッシャー展、今日行って来ました。引換券を印刷して持って行きましたが、お陰さまでA3サイズの「バルコニー」のポスターが貰えました。

エッシャーの絵の中にヒロエニムス・ボシュの「快楽の園 地獄」からとった作品がありましたが、エッシャーはオランダ人、ボシュもネーデルランド出身と言う事で、同国人だったんですね。

フランドル地方の絵画、一寸不気味で寓意的なものが多いですね。面白いです。ブリューゲルの「イカロスの墜落」も西洋美術館に来ていました。

投稿者 水瓶座 : 2006年12月14日 18:32

エッシャー展、チケットは入手済みでいつも財布の中に入れているのですが、1月13日までと言う事でついつい先延ばししてました。年末年始は忙しくなりそうですから、そろそろ行っといた方がいいかな~。

エッシャー展のホームページにリンクが張ってあったので見てみたら平日先着30名にオリジナルポスターが貰えるクーポンを発見しました。(嬉)

天気と体調がいい日に出かけられるように早速プリントしてこちらも仕事用のバックパックの中に入れておきます。

ヨーロッパ旅行から日本に帰ると、「なんてごちゃごちゃしているんだろう」と思いますが・・。香港辺りの旅行から帰ってもそう言う感想は持ちませんから、ごちゃごちゃした風景&看板といった景観は、アジア的な物かもしれませんね。

投稿者 水瓶座 : 2006年12月11日 23:27

観光地の看板と言えば「秘宝館」が定番です。あんなもの、好きな人がいるはずも無いのですが、それでも「秘宝館」の看板を見ると、「あぁここは観光地なんだ」と感じてしまいます。良くも悪くも日本の風景ですね。

投稿者 スポック : 2006年12月11日 11:58

あ、私は福助足袋の看板も風景のうちと解釈しております。
いわゆる観光地というものは大嫌いだけど。
寂れた商店街や民家の庭先にこそその土地を読み解く不思議が隠されております。
沖縄ブームの頃の薀蓄番組には辟易したけど。

投稿者 小狸工房 : 2006年12月10日 16:42

この辺りの話題は獅子丸ちんとも何度もメールでやり取りしているのですが、彼が二十代の頃のチェッコでのスケッチに、遠景の山脈と近景の岩とが見事に相似形になっている作品がありましたので、まさしく彼こそ直感的にフラクタルを理解してたのではなかろうかと。

それはひとつの風景に過ぎないものが、目を経て脳で認識するに至り、そこに意味や規則性を見出すと。

少年マガジンのグラビアページでは度々シュールリアリズム絵画が紹介されていましたね。
ちなみに当時の僕は幼稚園児でした。
絵本も読まずにあんなものに熱中して…
「カッパの三平」とか連載してましたっけ。

投稿者 小狸工房 : 2006年12月10日 16:38