« ちょっと落ち込む夜 | メイン | 共時性原理PC不具合 »
サイクス・ピコ協定に名前を残す英国の中東外交専門家、マーク・サイクス准男爵は、1919年、英国代表の1人としてベルサイユ平和会議に臨んでいる時、折しも大流行したスペイン風邪に罹患し、パリのホテルで夫人に看取られながら客死する。39才の若さであった。
政治史的に見れば、彼の業績というものは、現在のイスラエル・中東問題が混乱化する原因をつくっだけ、という厳しい評価があるらしい。しかし、その死後90年にしてマーク・サイクス卿は、文字通り世界を救う役割を果たすかも知れない立場に置かれている。
当時、スペイン風邪=インフルエンザの大流行のために、全世界で50万人が死亡している。サイクス卿の遺体は周囲への再感染を怖れ、鉛で封印された柩に収められて領地のヨークシャー・スレッドメアに埋葬された。
つまり、鉛で封印された柩のおかげで、サイクス卿の遺伝子と、そこに残されたウィルス鋳型のサンプルが、うまく保存されているのではないかと、医学者たちによって期待されているのである。王立ロンドン病院のウィルス学者、ジョン・オックスフォード教授はこう語っている。
「現時点で、このプロジェクトはきわめて期待を持てるものといえる。サンプルが得られれば、我々のチームばかりか、科学一般にとっての素晴らしい好機となるだろう。何しろ、歴史的な出来事を今確認出来るのだからね。世界最初のインフルエンザ大流行を調べることで、21世紀の大流行に備えることが出来るに違いない。」
すでにサイクス卿の子孫は、卿の遺体と、一緒に埋葬されている夫人の遺体を掘り出すことに同意しており、後は厚生当局が要求している、いくつかの問題を解決するだけの段階になっている。卿の遺体からはウィルスの遺伝子痕跡情報が、死を免れた夫人からは、免疫反応の情報が得られると期待されている。調査は半年以内に開始される予定である。<Link><Via>
オチを考える余裕がなかったのだが、今思いついたのを1つだけ。「島村抱月の遺骨ではダメ?」
投稿者 webmaster : 2007年03月03日 20:19
このエントリーのトラックバックURL:
http://med-legend.com/mt/mt-tbcba.cgi/1044