もちろん、約束はだいぶ前にしていたのだが、ほとんど忘れかけていただけのことである。いまだ都市生活者としてのスキルがイマイチなので、なんかわざわざ遠回りの地下鉄路線を選んだような気もするが、何とか約束の時間に間に合った。
知り合いの知り合いであるプレイヤーの事情を語れば、世の人の血涙を絞るような「事実は小説よりも奇なり」物語になるのだが、それはまた別の話。当然、プレイの質だけが問題なんだが、そのへんについては、私なんぞが、あんまり語るべき事はありまへん。
もちろん、かなり楽しく過ごしたライブではありました。当方、すでに飲み過ぎで、どうこう言う状態ではなかったけれど。まあ、私のトンデモ持論である「欲動エントロピー理論」を展開するのに、実に都合のいい例でもあり、今後もウォッチしつづけることになりますが。
といって、混雑したところに出かける元気もないし、前もってリゾートの予約をしておく用意周到さもなかったもので、結局ゴロゴロして、時々Wiiでもやる程度の休みになる見込み。こちらの更新も、気が向いた時だけということになりそう。
なにしろ、世の中はすでに連休モードに入っているようで、昨日の朝、乗り込んだ山手線の車両には誰1人乗客が乗っていなかった。朝七時台の山手線で、一車両ながら、誰も客がいないというようなことは初めてである。そんな世の中の風潮にしたがって、ひたすら怠惰な連休を過ごそうと決心した次第。
彼らの著書、「地球防衛入門("An Introduction to Planetary Defence")」は、殺人光線を操る緑色の生物による侵略に対し、人類が如何にこの星を守るのかという入門書である。
もちろん、彼らは本気である。「エイリアンの存在と、彼らが地球までやってくる科学技術を持つまでに成熟しているという可能性は現実的なものだ」、そうテイラーはインタビューに答えている。
彼らは、アルミ箔の帽子をかぶって、エリア51の陰謀に取り憑かれているような輩とは無縁だ。テイラーは天文学と物理学の学位を持ち、ブーズ・アレン・ハミルトンで、ボーンとともに、国防省やNASAのコンサルティングを行ってきた。<以上、ロイター記事より引用>
以下、くだくだしいので要約すると、彼らの意見に耳を傾ける人々はSF大会参加者の外にはほとんどおらず、今回の著書もトンデモ系で有名な出版社から出すほか無かった。それでも彼らは、恒星間旅行が出来るような知的生命体は、侵略や戦争という行為と無縁に違いないという、カール・セイガンに代表されるような考え方にたたず、エイリアン来訪=侵略というワーストシナリオを想定すべきだと主張する。
そして、もし圧倒的な科学技術力を持ったエイリアンによる侵略戦争という事態に至ったときの対抗策は、2001年以降のアメリカが置かれている非対称的戦争から学べると主張する。つまり、ヒットエンドラン作戦、イスラム・ゲリラがとる方法論だという。
テイラーによれば、「地球人は、ムジャヒディーン戦士のように反乱を組織しなければならない。イスラム反乱軍はアメリカに打ち勝つ方法を知っている。それはまさしく、エイリアン侵略に対して我々自身が行うべき最良の防衛戦だ」とのこと。
エイリアン侵略という特殊事態にいたっても、それに対処する主体が「アメリカ」であるところが不可解というか、納得というか。なにせ、国防省のコンサルタントをやっていたということは、軍人さん達の失業防止が大目的でしょうからな。
ムジャヒディーン戦士といえば、昔ながらのゲリラ戦術だけでなく、例の「自爆テロ」がある。ここはぜひ、宗主国のために身を挺して自爆攻撃する「美しい国義勇隊」計画も立てておいて欲しいものだ。もちろん、その先頭を駆けるのは、アベさんとかイシハラさんたちの、凛々しい姿となるでありましょう。
そういえば、先ほど入り口で行列が出来ていたのは、それであったのかと納得。先着50名かぎりのはずなのに、えらく何度も繰り返している。最後には店員が食料品売り場にまでやってきて、「まだ残品がございます」と叫んでいるので、ついついその気になって買ってしまった。
金を払う段になって、かなり後悔が押し寄せてきたものの、人生で一度ぐらい、ゲーム専用機を買う事があっても良かろうと、自分を納得させる。
早速セットアップして、例の加速度センサ(?)リモコンによる、独特のインターフェイスを試してみる。テニスゲームなんかをやると、ついついホントにやっているつもりになり、意味なくボールを追って部屋中を動き回り、タンスの角とかテーブルの脚に、向こうずねを思いっきりぶつけてしまうのが欠点である。動かなくても、手首のスナップだけでコントロール出来るのにね。
カンカンになって(これは怒りの様相をあらわすのではなく、必死にというほどの意味をもつ関西弁の言い回しである)20ゲームほど続けると、さすがにぐったり疲れてしまった。今日になっても、まだ身体のあちらこちらが痛むんだが、あのユルイ動きでもオーバーロードになるほど、身体がなまってしまっておるわけですな。
ぜひ私のような人間向けに、サードパーティーからでも、Wiiコントローラーが装着出来るダンベルを発売して頂きたいと願う次第。
これが問題になったのは、この伝統的儀式-それは参加者が自分の背中をナイフで切り、竹の鞭で傷口を打つというもの-に参加していた一人の男性が、4月11日、狂犬病で死亡したことが知られてからだった。
マニラの北にあるパンパンガ村村長、マリオ・モラレスによれば、死亡したエデュアルド・セセは、この儀式に参加して、100人以上の参加者とナイフを共用していた。彼は二月に、狂犬病にかかった犬に噛まれていた。パンパンガ村の医師によれば、感染が疑われる103名の人々に、すでにワクチンを投与したという。<NewScientist.com news serviceより>
狂犬病に関する知識というと、かなり昔に公衆衛生かなんかの試験で一夜漬けしたものの残骸しかない。仕方なく、恥ずかしながらWikipediaとか、こちらで調べさせてもらったが、年に5万人もの人がこれで死んでいるのですねぇ。日本では絶滅しているので、ほとんど例外的な病気だと思っていた。そう言えば日本でも、昨年11月に、フィリピン渡航歴のある男性が二人、狂犬病でお亡くなりになってました。
元記事は、ワクチン投与で一応一件落着みたいな書き方なのだが、今年の聖金曜日は4月8日で、11日に参加者の1人が死んで騒ぎになったということは、受傷後の処置はやっていないわけである。ワクチンだって、数回打たないと効果は弱いはずだし、今後どうなるか、まだまだ未確定と言うところだろう。
それにしても、自己鞭打ちというのは、土着的な宗教儀式とキリスト教が習合したものなんでしょうな。受苦を軸にして信仰の純粋さを示すというのは、どんなに成熟した宗教でも、多かれ少なかれ持っている要素ではあるものの、間違うと集団自殺になりかねないのでは、ちょっとまずい。
願わくば、主に置かれては、アジアの元異教徒が勝手に始めた妙な儀式にまで責任もてるか、と思われるのは重々承知ながら、その広大なるお力でもって、不思議のみ技を示され、彼らに救いを与えられんことを。<Via>
デフォルトではロサンジェルスが表示されるが、ちゃんと日本もカバーしており、何件かはすでに登録されている。今のところ、登録出来る症状は風邪症状だけだが、登録者がどこまで真面目に入力しているかという問題はありつつ、流行状況の目安にはなるのでは。
日本で登録する場合、微妙に地名と表示場所がずれるのが難点。どなたかスキルのある方が、ちゃんと日本の地名と郵便番号に細かく対応するように、スクリプトを書き換えて頂きたいものだ。<Via>
日本気象協会北海道支社は20日、21日午前から午後にかけての短時間に気温が急上昇し、体調不良や気分が落ち着かないといった象が多数現れる可能性があるとして、動物園や象飼育施設周辺での「車の運転や、夫婦げんかに注意を」と呼びかける異例の気象情報を出した。
気象病は、天候の変化によって発病する象疾患を差し、「雨の日には象が気分を壊して玉乗りをいやがる」といった症状などが含まれる。同支社気象情報課は「急に環境が変化すると、象は体がついていけなくなる。フェーン現象の時、敏感な象はいらいらしがちになる」と説明している。【毎日新聞 2007年4月20日記事(ウェブ魚拓)より】
別にBogusnewsの真似をしようと思ったわけでは無いのだが、「気象」の象ってゾウさんの象なんだという事実に今さらのように気付き、ある種の感激を覚えてしまったというわけ。私、この年になっても、未だに象と衆と傷のツクリの区別がよくつかんのね。
なお、写真は別館エントリからの流用。
アイデアというものは必然的に進化していくもので、単なる的を置くだけに止まらず、3D化して更に高度な技を楽しもうと言うのが、この小便器内PKゲームセット。
スポーツチャンネル、ESPNブラジルが自社の宣伝用に設置したらしいが、どこのトイレなのかというような情報は不明である。ESPN-brasilのサイトをかなり丹念に見てみたが、これについての記事は見つからなかった。
拡大写真の方で見られる、小便器の上に貼られたパネルには、おそらく「サッカーはどこで見ようと素晴らしいが、ESPNチャンネルで見るのが一番」というような意味のことが、書いてあるようである。
これは、ある広告会社の宣伝サイトに、いくつかの面白広告の例の一つとして紹介してあるものだが、その会社が考えたものではない様子。他の広告も、一部有名なものもありつつ、なかなか面白く、一見の価値がある。<Via>
その時、やりようによっては信号をすぐに変えられる、「イースターエッグ」的操作コードがあると主張するのがこちらの映像。そのコードとは、短く3回連打、長めに2回、短く1回、長めに2回、そして短く3回というもの。
もちろんこれはアメリカでの話で、日本のボタン信号に同じコードは通用しないのは当然。それ以前に、アメリカでもこれが通じるのか、かなり怪しいけれど。少なくともニューヨークでは、ボタンはだいぶ前に、信号切り替わり調節から切り離されたらしい。
以前、「エレベーターのイースターエッグ」というのを紹介したことはあるが、それを取り上げていたeeggs.comでは、交通信号関連の裏技記載は見かけなかった。
Youtubeには、もう一つの信号裏技が投稿されている。要は、家電機器用ユニバーサルリモコンを使って、信号を青にするというもの。緊急時や、VIP通行の際と同じモードに切り替えるというのだが、映像があまりにもっともらしげな作りなので、逆に疑念を覚えてしまうところ。
日本で、この手の裏技が囁かれる事はあるんでしょうかね?少なくとも、「伊東家の食卓」で紹介された事はなかったような。<Via>
そんなキャプションがら始まり、何種類かのえらく同時代的活動に従事しておられるイエス様のフィギュア見本が見られるのがこちらのサイト。
どうも、それらのフィギュアを販売する目的らしいのだが、今のところ、"BUY"ボタンを押しても"Coming soon"の表示が出るばかり。まだ準備中ということですかね。
今のところ、展示されているフィギュアは10種類。ジョークなのか、アート狙いか、もひとつよく判らないが、本当に販売されるものなら1つは手元に置きたいものばかり。左に例示したのは"I AM FREEDOM"、私は自由である、というもの。現代のイエス様はチョッパーバイクで伝道の旅にでるらしい。
私のもう一つのお気に入りはこちら、I AM HOPE、私は希望である、と名付けられたこちら。食べ物のためには、いくらイエス様といえども、働かないといけない様子。少し手に入ったら、あとは奇跡で増量させればいいだろうけど。<Via>
今までのような横並びシートでは、ちょっとサイズが大きめの人間同士が隣り合うと、肩も肘もつかえてしまい、実に窮屈なまま長い時間を耐えなければならない。この「革新的配置」なら、人は互い違いに座るので、肩もぶつかり合わないし、肘もつかえないというわけ。
見ず知らずの人間と、ずっと顔をつきあわせることになる欠点はあるが、そこはヘッドレスト横に突き出た支えで幾分かは目隠しになるだろうという発想。もちろん、エコノミーに乗るなら、細かな文句言うんじゃないよというのが、本音ではありましょうが。
これを考えたのはPremium Aircraft Interior Groupという、航空機内装の専門メーカー。当然、金が有り余っている乗客向けには、こんな素敵な座席も用意してくれている。
まあ、互い違いエコノミーシートだって、家族数人でお出かけする分には、結構楽しい座席セッティングと、いえないこともないか。<Via>
こちらなら、そう勝ち負けにもこだわらずに済むし、距離も近いので楽でよろしい。花見にも行かなかったので、のんびり春風に当たるつもりでお出かけという事になった。
地元チームは、昔はJ1でもそこそこ強かったこともあり、世界的に有名な某選手の出身元でもあるのだが、今はすっかり凋落してしまい、J2でも下の方をウロウロしているだけのローカル球団に成り下がっている。大体、写真のチームマスコットからして、ユルユルだもんなぁ。
相手チームは、それこそJリーグ創設以前からサッカー文化を牽引していたところなのに、親会社から見棄てられたような形で凋落し、昨年度からはJ2に固定位置を得てしまった気の毒なチームである。今年は選手もかなり強化して、本格的にJ1復帰をすすめる心づもりのようであるが、今のところ、その結果が出ているとは言い難い。
試合の方は、その相手チームの焦りが露骨に出た形になり、2人が反則退場。さすがに9対11では元強豪も形無しで、我らがホームチームは3-0でボロ勝ちという結果であった。あんまり、明日につながりそうにない勝利なのが、そう思い入れのない立場からも少々気になるところ。
それでも、天気も言うことなく、競技場周辺には結構桜も残っていて、昼間から誰はばかることなくビールをバカ飲みするいい口実もできて、休養には最適な休日の午後を過ごせたのを喜ぶべきでありましょう。
【本日の疑問】なぜサッカー競技場のスタジアム・アナウンサーというのは、どこであっても、川平慈温クローンとでもいうべき口調と声質を示すのであろうか?
以前、矢作俊彦のこの作品に対するオマージュ版とも言うべき、「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」について書いた事があり、あんまりトリックとかが関係しないハードボイルドは、「主人公と登場人物が取り交わす気の利いた軽口だけ読んでいたって充分面白い」という意見を再確認したわけだが、この村上再訳版でもそれは同じ。
ただこの村上版では、これまでのタフな探偵イメージとは若干異なり、軟弱というか、まるで村上春樹の小説の主人公のように、メロウでアーバンなフィリップ・マーロウであるところが、少々違和感を残すところ。原文が同じなのにそうなるのは不思議とはいえ、当たり前といえば当たり前なんだが。
何といっても不思議なのは、私は今までの清水俊二訳の「長いお別れ」を少なくとも3回は読み、ビデオでも見ていて、所々ながら原文でも読んでいるにもかかわらず、この村上版を物語として全く新鮮な感覚で読めた事である。最後にまた、マーロウの所に現れるテリー・レノックスが、幽霊だったりするような改竄があるわけではないのに。多分、1年もたてば清水訳であれ、村上訳であれ、また真っさらな物語として読めるようになるのではないだろうか。これはもしかしたら、痴呆症状の早期発見に使えるかもしれん。
それはさておき、清水訳でずっと疑問だった、"To say Good bye, I die a little. "の訳、「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」が、村上訳では「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」とされていて、少し納得が出来たような気がする。今までの訳で、さよならといった後、一過性の心肺停止発作をおこす人のイメージがついて回ったのだが、村上訳のおかげで、やっとブンガク的喪失感に置き換えられたというわけ。さよならというたびにぶっ倒れる探偵というのも、棄てがたいビジョンではあるものの。
私はこの人の皮肉と突き放した暗めのユーモアは、結構お気に入りだった。やたらに多作家ではないこともあり、そう努力なしに、出ている本がほとんど読めるのも有り難い。SFジャンルながら、SF作家と呼ばれないのもいいところ。
聞くところによれば、この人はやがてくる自分の死をいつも意識していたんだそうで、瞬間的な死、それも乗っている飛行機がキリマンジャロと衝突する、というのが理想だったらしい。
「ヘミングウェイは自分の人生に自らピリオドを打った;老年というのは、セミコロンみたいなものなんだよ」。彼はそんな風に、自殺への願望を語っていたことがあるが、無神論者の彼にそれを押しとどめさせたのは、自分の母が睡眠薬自殺をとげたことによる、強いトラウマ体験であった。
「私の父はガンマニアで、その晩年はとても不幸だったが、自ら死を選ばないことを誇りに思っていた。私もそれは同じだ。子供たちに悪い実例を示したくないからね」。
そう言えば、この人の息子、マーク・ヴォネガットという人が書いた、「エデン特急」という本を読んだことがある。ヒッピー暮らしのなかで、次第に分裂病症状を示すようになった経験談を語ったものである。特異な才能をもつ父親の息子というのは、なかなかのストレスらしいと思ったものだった。
彼の分裂病症状は、正統的治療によらず、メガビタミン療法などで克服したというような話だったが、私にしてみれば、ごく普通の精神医学臨床に関わりだした頃だったので、本当とは信じられなかった。薬物中毒で、一過性幻覚があっただけじゃないだろうか。
それに彼は今、、作家の傍ら、小児科医として活躍しているらしく、とても古典的な疾病分類から定義される分裂病だとは思えないのだ。そんなことを言うと、お前は分裂病を治癒不能の宿痾だと決めつけるのか、と詰問されそうだが、正直に言うならそう思っているのだ。正確に言えば、分裂病概念はもっと縮小されるべきもので、幻聴体験ぐらいで軽々しく診断すべきではないというだけ。
もちろん、正統的診断学をきっちり適応するだけでも、かなりの改善は可能なのである。ところが実際は、かなりいい加減なのが実情である。例のDSM診断が先達たちの経験的蓄積を根こそぎにしてしまった、と言うのも大きい。この辺については、そのうちまとめてみるつもり。いつになるかは判らないけれど。
そんなわけで、様々なことを考えさせられる作家の死であった。比較的コロリと死ねたのは幸せか。理想の事故死とまでは行かなかったが、まあ、そういうものだ。
「私達はそれを口頭性を与えることが癌に与えることができることを砂糖の腐敗歯およびたくさんの太陽が焼跡を与えるが、今科学者は言っていることがわかる。」そんな出だしで始まるのがこちらの記事。そもそも、「蟹座の布告者」という重々しい題名がすばらしくて、何を調べていてここにたどり着いたのか、忘れてしまったほどである。
ここは"Cancer Herald"という、癌に関する新知見を一般向けにまとめてくれるサイトなのだが、親切にも記事の翻訳をしてくれる機能がついていて、日本語翻訳した結果がキャッシュに残っていてGoogleに拾われたようだ。まあ確かに、Cancer=蟹座、Herald=布告官だけどね。自動翻訳の難しさを、広く知らしめてくれる超名訳といえるだろう。
なお、冒頭の文書を私なりにつたなく訳すと以下のようになる。
砂糖が虫歯を作り、太陽の光を浴びすぎるとひどい日焼けになることを私たちは知っている。しかし、科学者たちは今、オラル・セックスが癌の原因になると警告している。要は、子宮癌の原因となると疑われているウイルスが、扁桃癌を引き起こす可能性があるという、スウェーデン学者の説を紹介する記事である。
はじめは動物飼料の発ガン性について調べていたんだけど、そちらのほうはどうでもよくなってしまった。それにしても、「蟹座の布告者」はすばらしい。内部情報のタレこみとか、脅迫状の署名にはぴったりである。もし、そういうものを書く機会があれば、一度は使ってみたいものだ。問題は自分が本当に蟹座なので、素性がバレるリスクが高いことかな。
電話の声を音声分析し、相手が無意識に抱いている感情、とくに話し相手である自分への恋愛感情を判定するというのだが、どう考えてもバウリンガル並のジョーク商品だと思える。実際、値段もスカイプ向けが29ドル、先ほどの携帯電話の日本向けサービスなどは、分あたり10円と、だまされてもそう腹は立たないレベルの料金設定ではあるけれど。
それに加えて、これを売っているNemesysco Ltdという会社のページの中に、ここが2000年に創設されたばかりのイスラエル企業だという記述を見つけて読んでいるうち、ふと思い出したことがある。
それは10年ぐらい前に、「音声によって話者の心理を分析する」、とりわけ、言っていることがウソかホントかを判定するというソフトを、イスラエルの企業が開発し、日本でも売られていたという事実である。トラスター・プロというソフト名で検索すると、探偵会社などが怪しげな適用をしている例を、今でも一杯見つけることが出来る。
なんでそんなものを覚えているかというと、私の同僚だった医師が「精神医学への応用」と題する「研究」発表をやって、このソフトの宣伝に一役買っていたのだった。それもソフト以前に、精神医学臨床の原則とかスキルなどと全く無縁なものだったので、オイオイそれはないだろうと、かなり脱力した経験があった。
このソフトを売っていた企業が名前を変え、LOVE DETECTORなるジョークソフトを売っているらしい。以前のトラスター・プロというソフトのセールスに、わざわざイスラエルから日本までやってきたAMIR LIBERMANという人間が、先ほどの特許取得者になっているので、まず間違いないだろう。
人間、焦ってるときに声の調子がおかしくなることもあるだろうが、言ってることがウソかホントか、相手に恋愛感情を持っているかどうかまで、その調子で判るわけがないのは自明のことだ。大体、PCなんぞが限られた音声サンプルを扱うより、その場で直接顔をつきあわせる方が、よっぽど大きな情報量を得られるというものだ。
といいつつも、Nemesysco Ltdはハイエンドを自称する「多層音声分析」なる技術を、欧米の保険業界やセキュリティ業界に、今も高値で売りつけているらしい。連中も、軍事技術の転用などと大風呂敷を広げていては、いつか化けの皮がはがれるかも知れないので、様々な意匠を用意して、小銭も薄く広く稼ぐという経営方針を採用したということですかな。
世に詐欺まがい商売は絶えることはないものだが、これはちょっとワンパターンネタに頼りすぎているような気がする。ウソも百回繰り返すと本当になるとは言うものの、せいぜいご自愛願いたいものだ。<Via>
<参考リンク:犯罪音声学者による、自称音声分析機器・ソフトへの批判論文(PDF)。これによると、「声紋」なんてのも、たいして科学的根拠は無いようですな。TVによく出てくる「音響学者」も、その頭髪と同程度の信憑性ということらしい>
映画は、中年期危機に陥ったミラノの広告代理店重役が、聖地への巡礼を思い立ち、どういうわけかエルサレム近くの砂漠を彷徨うイエスに出会う、というような話らしい。主人公はイエスを自分のジープに乗せてやり、コーラを彼に勧め、「主よ、御感想はいかが?」と尋ねるシーンがあるそうな。
コカコーラ社は、同社の商標を使用する許可が得られていないと主張し、「そもそも、この映画が当社ブランドの宣伝行為をするのは、適切とは思えない。我々はシナリオの段階でプロデューサーに申し入れをしていたが、顧みられなかったのは残念な事だ」と表明している。
同社はこのシーンのカットを要求しているが、プロデューサーは費用と時間を理由にそれを拒んでいた。一週間の交渉の結果、フィルムの再編集が決まり、映画公開は3週間遅れのイースター以後に行われることになった。(以上、BBC記事を参考)
これに関する報道は数多くあったのだけれど、肝腎のイエスがコーラを飲むシーンはどこにも見つからず、やむなくフォトショップ細工をさせて頂いた。公式サイトの予告編やギャラリーに見られる、シリアスな雰囲気とは似ても似つかぬものになったのが、いささか残念。それにしても、この映画はタイムスリップものってこと?<Via>
金儲けの好きな元気な連中には好きにやらせ、テラ銭はきっちり取って弱い人々に回せば良い、という単純な方向ではダメなのかね。ま、「弱い」という意味の定義が、難しいところではあるが。結局、こちらの選択は白票、という事になりそう。はじめから棄権するのも同じことであるが、少しは意志を示したことになるかも知れん。違うか。
知事選の方も事情は同じであるが、選挙ポスターで意外な女性候補が出ているのを知り、引っかかる要素がかなりあるものの、その人に入れようと思っていたのだった。ところが、今日の新聞を確認してみてビックリ、その「意外な」候補は、単に名前がちょっと似ているだけの他人であることが判明してしまった。
そうだよな、私が勘違いしたアート系の人なら、十数年前に亡くなっているのだ。大体、その人が○本○産○から出馬するということが、そもそもありえない。しかも名前の一字が少し違い、読み方まで違うのだから、何であの人だと思いこんだのか、自分でも不思議である。
そんなわけで、明日はわざわざ投票所まで出向いて、白票を二枚投じて来るという、まことに空しい行為を迫られることになってしまった。都知事選みたいなトンデモ候補が不在で、選択の幅が極めて少ないというのは、まことにイカンことである。
選挙前日にこういう事書くのは、もしかしたら公職選挙法に抵触するんかな?
その後彼は保守派聖書学者として学位を取り、反進化論の鋭い舌鋒で知られるようになる。そのミスラー氏が、ピーナッツバターの瓶を手にして、進化論がなぜ否定されるべきかを、「論理的」に、かつ易しく語るビデオがこちら。
彼が言うには、生命は有機物質がエネルギー刺激を受けた結果誕生し、進化してきたというが、食品産業はジャムやピーナッツバターを作るとき、まさしく同じ作業をしているにもかかわらず、その瓶の中に新しい生命が生まれた試しはない。
腐敗するにせよ、虫が付くにせよ、それは外から生命体が入ってきているだけである。こうして、新しいピーナッツバターの瓶を開けても、そこに新たな生命は発見できない。この事実を見るだけで、進化論が単なるおとぎ話であることが実証されている、というのが彼の主張。
選挙期間中にもかかわらず珍しく登庁していたイシハラ知事も、この地割れに呑み込まれたという情報が入っており、現在、東京都はそのトップを欠いたまま、この激甚災害に対応を迫られております。
都庁内には、イシハラ氏の子息を都知事臨時摂政に任命し、リーダーシップを発揮してもらうという捨て身の策が浮かんでおりましたが、なにしろこういう非常時にそれほどの役得も提供出来ず、実現の可能性は薄い見込みです。
なお、難を逃れたアベ首相は、「法律に従って適切な対策がとられるものと考えております」という寝ぼけた声明を発しており、災害にうちひしがれる都民の間に更なる失望が広がっております 。
なんてエイプリルフールジョークのため、Googleが提供しているAPI。今年のGoogleは、これと、新機軸排泄系ワイヤレス接続と、グーグルメールペーパー配信という3段構え。もしかして、こちらもそうかもしれないので、Googleはその潤沢なマンパワーのかなりの部分を、エイプリルフールネタ開発に振り向けている模様。<Via>
何でも、行政処分を受けていると、それも表示されるらしいが、知り合いの名前を全部入力してみたものの、それを確かめることは出来ませなんだ。ホントにそんな機能あるのかしら。そのうち、どんどん機能が追加され、私生活のプロフィール丸わかりってことになったりして。もしそうするなら、厚労省キャリアも同じように検索出来るようにしてね。
なお、自分の名前を入力してみたら、同姓同名の医師が3人、歯科医が1人いることが判った。まあ、それほど希な名前でもないので、当然かも。一度、ご挨拶の機会を作らにゃいかんかな。
「君たちの両親は、多分今まさにこれを「やっている」はずだ。でも、君はそれを知りたくはないだろう。それと同じように、食肉工場で鶏たちがどんな目に遭っているかも、やはり知りたくないに違いない。
君はまた、行動科学の専門家が発見しているように、鶏たちの認知能力が、猫や犬、人間にさえ引けを取らないことも知りたくないはずだ。何であろうと、旨いものは旨い、そうだよね?」
なんか趣味は悪いし、なによりもレベルが違う問題を無理矢理関連づけようとする、その詭弁にはいささか辟易する。PETAはいまドイツのKFC社に対して、屠殺される鶏に無用な苦痛を与えているという抗議活動を行っているらしいので、もしかしたらこれはそれ向け宣伝画像なのかも知れない。
もっとも、PETAもこれはちょっと出来が悪いと思っているのか、今のところこの画像が実際のキャンペーンに使われている形跡は無いようである。まあ、ちょっと検索したぐらいでは、ドイツの抗議活動状況なんか判らんけど。
確かに、無意味にいじめ殺すようなことをすればどうかと思うが、人間が他の生物の命を奪って生きていくしかないのは宿命であって、これはベジタリアンになったって、基本的には同じことである。人間が奪った生命への感謝を忘れず、生命圏をよりよく維持発展させる努力をするしか、その宿命への返礼は無いはずである。
それを身内の性活動への敬遠感情と無理矢理結びつけて、食肉屠殺という悪を観て見ぬふりをしていると非難したって、そんなもの、自分たちの正義が薄っぺらいものだと公言しているようなものだ。
まあ、肉欲に従って代々命をつなぐことも、他の命を絶って自分たちが生き延びようとすることも醜いことなので、さっさと人類は滅びましょうね、という寂滅思想を広げようとするのなら判らんでもない。出来れば、PETAの人々から先に滅びてほしいけれど。<Via>
1920年代、革命直後のロシア解剖学会には二つの潮流があって、激しく対立していた。それは摘出臓器の保存固定にアルコールをつかうべきだというアルコーリズム派と、フォルマリンにするべきだというフォルマリズム派との対立である。
アルコーリズム派のバックには、ウオッカによる生産性低下を憂い、販売中止にしたい革命政府の意向があった。さしあたってウォッカ業者を救うため、医学研究用に用途を確保しておこうというのである。
フォルマリズム派はかなり単純な学問至上主義者であったので、この対立は程なくしてフォルマリズム派の敗北に終わり、ロシア・フォルマリズムは一時のあだ花として消えていったのである。
しかし、ウオッカを民衆から取り上げるという革命政府の意図も結局は実現せず、臓器の保存固定にもフォルマリンのほうが適しているのは自明の理であった為、いつのまにか解剖学の手順もフォルマリズム派の主張どおりになっていたのである。しかし、政治の波に消えていったフォルマリズム派が、ロシアの地に戻ってくることは再びなかった。
ロシア・フォルマリズムというので、こういう冗談を若いころ考えたのだけど、言う相手と機会がなく、今後もそういうことはなさそうなので、ボケて忘れないうちに書いておいた。
注:2003/02/28に、旧CGI日記に書いたものを再掲。本日用の記事を色々考えたのだが、日頃の正直が災いして、ろくなものを思いつかなかった。