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以前、矢作俊彦のこの作品に対するオマージュ版とも言うべき、「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」について書いた事があり、あんまりトリックとかが関係しないハードボイルドは、「主人公と登場人物が取り交わす気の利いた軽口だけ読んでいたって充分面白い」という意見を再確認したわけだが、この村上再訳版でもそれは同じ。
ただこの村上版では、これまでのタフな探偵イメージとは若干異なり、軟弱というか、まるで村上春樹の小説の主人公のように、メロウでアーバンなフィリップ・マーロウであるところが、少々違和感を残すところ。原文が同じなのにそうなるのは不思議とはいえ、当たり前といえば当たり前なんだが。
何といっても不思議なのは、私は今までの清水俊二訳の「長いお別れ」を少なくとも3回は読み、ビデオでも見ていて、所々ながら原文でも読んでいるにもかかわらず、この村上版を物語として全く新鮮な感覚で読めた事である。最後にまた、マーロウの所に現れるテリー・レノックスが、幽霊だったりするような改竄があるわけではないのに。多分、1年もたてば清水訳であれ、村上訳であれ、また真っさらな物語として読めるようになるのではないだろうか。これはもしかしたら、痴呆症状の早期発見に使えるかもしれん。
それはさておき、清水訳でずっと疑問だった、"To say Good bye, I die a little. "の訳、「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」が、村上訳では「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」とされていて、少し納得が出来たような気がする。今までの訳で、さよならといった後、一過性の心肺停止発作をおこす人のイメージがついて回ったのだが、村上訳のおかげで、やっとブンガク的喪失感に置き換えられたというわけ。さよならというたびにぶっ倒れる探偵というのも、棄てがたいビジョンではあるものの。
投稿者 webmaster : 2007年4月14日 23:54
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ストーリー知らないし、文脈も知らないので、的外れは承知していますが、Good が大文字だから、「さよならは爽やかにいこうぜ、だから、俺が今死ぬのも少しだけだ」ってなニュアンスで英文を読んだんですが、訳文からすると、これって誤読だなあ。困ったものだ。
投稿者 元院生 : 2007年4月15日 02:07