これらの機器は、反復性の変導磁場を頭蓋表面から脳にあて、発生する過電流で中枢神経を刺激し、治療効果を表すという。昔からある電気けいれん療法と基本的には同じ原理ともいえるのだが、磁場を使うことで過剰な電気刺激を避け、無けいれんで必要最小限の刺激が行えるメリットがある。
対象疾患としては、うつ病、強迫性障害、精神分裂病、偏頭痛などがあり、それぞれについての最適な磁場照射をもとめる臨床研究が今も重ねられているが、副作用がほとんど認められないのはいいとして、良好な効果を示すものと、それほどでもない結果グループが混在している。
日本でも先行的な治験を行っている治療機関があるが、残念なことに、それほど赫々たる成果の噂は聞かない。このたび、FDAに提出された、メーカー発表の治験治療効果グラフを見ても、値段に釣り合う結果と言えるのか、首をひねってしまう内容だ。
仮に著効があるとして、一台1000万円以上にはなる刺激機器の元をとるには、かなりの治療費を設定しないといけないだろうし、日本で保健治療の対象になるかどうかは怪しそう。いっそのこと、エナメル線でも沢山買ってきて、エンヤコラと巻き上げ、刺激装置を自作しますか。
ただ、この装置には、あまり知られていない特別な効能があるので、それが世に広まれば、思わぬマーケットが展開するかも知れない。というのは、この装置で前頭葉を刺激すると、短期間だけではあるが、知的機能が飛躍的に上がるという報告があるのだ。
その一時的上昇は、記憶力や一般的認知力に止まらず、計算能力、文章能力、絵画描写力などの創造的な分野にも及ぶという。こちらにその体験をした、記者のリポート(英文)があるので、参考にして頂きたい。文章を読むのが面倒な人も、こちらのスケッチ画像の確認を見れば、いかにこのrTMSが一時的に描画能力を高めるかを、かなり納得して頂くことが出来るだろう。
そんなわけで、〆切寸前でパニくる物書きとか、大事な試験を直前に控えた受験生などを相手に、これをインスタント・レインマン製造器と銘打って、一時的天才に仕上げる商売をすれば、巨利を得られるに違いないと思うのだが、如何なものだろうか。<Via>
(注:報道によれば、なんて書いていたのだが、記事を読み直してみれば、べつにFDAが今年中に認可を与える保証なんて、どこにもなさそう。単なる、株価上昇狙いの風説記事かも)
母親の入院があったので、この期に本籍を現住所に移動することにする。今まで散々転居を繰り返してきたのだが、何故か本籍だけは移動していなかった。暮らしたこともない所に本籍があるのも妙な話で、戸籍の取り寄せの場合など、やたら面倒な思いをするデメリットも大きかった。
私の両親も基本的には故郷喪失者だったのだが、最後は田舎に帰ってしまった。何より、人的な関係がまだ機能していたのが理由であろう。しかし、自分自身の場合を考えると、土地勘もないところで暮らしても仕方がないし、本籍地を残しておく理由は全くない。
世の中には、どう勘違いしているのか、団塊の世代周辺はみんな歳をとってくれば田舎で有機農法をやりつつ、陶芸かなんかをやるのが理想だと思っていると信じる阿呆がいるのだが、自分の知っている限り、そんな余生を選ぶ奴などいない。都会で暮らす方が、いいに決まっているではないか。素人レベルなら、陶芸だって都会の方がやりやすいぞ。有機農法は知らんけど。
そりゃ凄い資産をため込んだなら、田舎(といっても、軽井沢とか大磯とかだけど)にセカンドハウスを構え、月の半分ぐらいはそこで暮らすのも悪くはないだろうが、そりゃちょっと違うのだしね。そう言うわけで、転籍手続きをしなかった理由がもう一つ自分でもわからないのだが、それなりの土地帰属性というのを知らず知らず求めていたのかも知れない。
実際の手続きであるが、そう面倒くさくもなく、届け出ればその日のうちに転籍は終了してしまった。とは言え、住民登録と言うものがあるのに、なんでこういう制度があるのか、やはりいささか意味不明である。土地への帰属性といったって、これがないとイカンというものではないだろう。
一部では今なお生きている差別問題も、これを廃止すればかなり完全解決が早まるに違いない。今まで、社会改良を旗印にしてきた政党は、何で「戸籍制度廃止」を目標にしてこなかったのだろうか。
それはそれとして、転籍手続きを済ましたら、今度は運転免許証や医師免許、パスポートの書き換えもしないといけない。基本的には、この面倒くささが今まで転籍手続きに躊躇してきた一番の理由だったというのを、今さらに思いおこしたのだった。まあ、平日に休みを取る、いい口実になりますけどね。
今は小汚い金属板の蓋で覆われているが、関東大震災以前まで、ここの水が道行く人に売られるほど有名であったのだそうだ。なんで星ノ井と呼ばれるかといえば、昔はこのあたりは鬱蒼とした木々が茂っていて昼なお暗く、井戸の底には星が映って見えていたという伝承によるとする解説書きが、井戸の傍には掲げられている。
この「井戸の底からは昼間も星が見える」という言い伝えは、結構リアリティをもって世界中に広まっているもので、つい最近も、南米の古代文明を紹介するTV番組で、そこの天文台の底面には深いプールが作られていて、昼間もそこに映った星を観測していた、などという、どう考えてもあり得ない解説をしているのを見たような気がする。
この伝説を最初に文献に記したのはかのアリストテレスだそうで、以来、その内容とほとんど同じ内容が人々に信じられ続けてきた。大気中で散乱する光も、深い井戸の中ならほとんど一方向だけに絞られるから、星の光でも日中に見ることが出来るという、一見理屈が合っているような説明が、人を納得させてしまうのであろう。<Link>
いくら一方向だけにしぼられようと、太陽の光の方が圧倒的に強いのは自明で、いくら深い井戸を掘っても、同じ方向からの強い太陽光と、かすかな星の光が入ってくるのは同じなのだから、星が見える筈はない。それにもかかわらず、この星ノ井伝説が、アリストテレスの随想、聖書のエピソード、弘法大師の神通力説話など、世界中の伝承に登場するのは何故なのであろうか。
少なくとも、昼間も星は空にあり、それが井戸という人間の技術によって作られたもので明示されると考えるのは、実際は間違っているとは言え、ある種の科学的宇宙観が、古代から成立していたことを意味するのではないか。
人々は深い井戸の底を見下ろして、そこに映る数々の星を幻視しながら、宇宙との一体感を体験していたのだろう。星が見えるという確信は、我々が宇宙の片隅に生きつつ、それを包摂する存在であるという実感覚を、なんとか表現しようとする試みなのだろうなと私は思うのだ。
我ひとり鎌倉山を越え行けば 星月夜こそうれしかりけれ(永久百首)なんてこと書いていたのだが、少なくとも鎌倉の星ノ井に関しては、このあたりの古地名が「星月夜」であったことから、逆に命名されたものらしい。この井戸が有名になったのは江戸時代からで、その頃から水を旅人に売っていたという。目ざとい人が名前に似合った伝説をどこかからパクってきて、その商売に利用したという疑いが強い。
謳い文句では「ハワイアンミュージックとフラダンスが美しいサンセットを演出」するという事なのだが、実際は時間設定からして炎天下。そこで新しい家族文化を育みつつある人々の集いを観察するという、異文化体験を満喫する貴重な休日となった。
というのは、出演者たちはみな周辺のフラダンススタジオを中心とするサークルに属する人たちで、このイベントは、そういう人たちの仲間内社交のための大温習会であるようだ。私のように、安上がりのハワイ気分を求めて、ウロウロしているような連中はまずいない。高齢者がたまにいても、それは孫の晴れ姿をビデオに撮る目的だったりする。
マスコミは、家族が解体しつつあるというような危機感をよく煽るが、少なくともここの風景を見ている限り、そんなものは全く感じられない。実際、毎日の仕事をしていても、一般論として、家族が解体の危機にあると思うことなんかない。もっとも、私自身は家族が解体して何かまずいことがあるとは思ってませんが。
私らの体験してきた生活文化とは、内容がかなり違うものの、その形式というのはそう変るものではなく、豊かになってより洗練され、芸としての普遍性すら獲得しつつあるのかなと思うのだった。でも、考えてみれば、そういう余暇文化というのは、かってはもっと完成された形で存在していたんですけどね。

そんなわけで、以前ボツにしたエントリーを復活させる次第、って、誰からもそうしろと迫られているわけでは無いんだが。3月14日のエントリーとして用意していたが、別のブログでも取り上げられていたし、とりたてて別の視点も準備出来なかったので保留にしていた「凍ったホットドッグを投げて、円周率を算出する方法」。<Link>
数学に堪能な人なら、モンテカルロ法だとすぐに分かり、実際その通りなのだが、やはり素人には何でこんな方法で円周率が出てくるのか、不思議な思いにとらわれる方法である。正直いって、私は未だに納得が出来ているとは言い難く、ましてや、準備するのは、凍ったホットドッグと、床に引いた直線だけというのが人をバカにしているように思えてしまう。
まず、凍ったホットドッグ用のソーセージを用意する。次ぎに、床にそのソーセージの長さlと同じ幅dでテープ(なるべくその幅は狭い方がいい)を多数貼る。テープの長さとその数は、不作為に投げたソーセージが必ずその中に入るようにする。そして、不作為にソーセージを投げ、その回数とテープと交叉した場合を記録しておく。
最終的に、ソーセージがテープと交叉する確率をPとすると、円周率πはπ=2/Pとなる。なんでそうなるのか、という理屈はこちらを熟読のほどを。床に落ちたホットドッグがテープのラインに直交する直線と作る角度をθとすれば、l/dcosθがテープとソーセージが交叉する、一回の試行についての確率になる。これを0→2πで積分すれば全体の確率で、それが2/πとなる(らしい)。
もう不定積分の公式なんて完全に忘れているので、解説を鵜呑みにするしかなく、結果としていいように騙されたとしか思えぬ結果が出ることになる。そう言えば、昔8ビットパソコンの時代に、たいして実用的な使い方も出来ないので、よくこういうプログラムを入力して遊んでいたような記憶がありますな。
ま、「やわらかあたま」ソフトなんかを買うより、脳の活性化には役立つかも。

こちらも知らんふりをしておくわけにいかず、まして同じ業界人なのに、一親等の家族に起こった怪我の詳細や治療、今後の見通しも知らないというのはイカンだろうと、遠路をおして二度も様子を見に行くこととなった。
大腿骨頚部骨折というのは、要は大腿骨と骨盤をつなぐ蝶番の部分に起こった骨折である。若い人にはそう起こることではないが、骨がもろくなった高齢者では、実に簡単にこの骨折が起きる。しかも、何故かその部分には外骨膜というものが無く、折れてしまえば血流も途絶え、骨新生がおこるとっかかりがないのである。
したがって、放っておいてもそれなりに骨が再生されるということが無いため、手術をしないかぎり元の機能を取り戻せないというやっかいな性質を持っている。(左上の写真は人工骨頭置換術後のもの)
しかも、この骨折とその治療の過程では、しばしば、せん妄状態を起すことが多く、それが収まっても結構な痴呆を残して、円滑なリハビリ進行を阻害するのである。一般的なウェブ解説では、「手術をして、ちゃんとリハビリすれば治る」という楽観的な記述が多いが、少なくとも、元の生活レベルを取り戻せる人はそう多くないように私にはみえる。私のように、術後にせん妄、痴呆化を来した例だけをみる立場からは、余計そのように見えるのかも知れないけれど。
それでも、例えば2004年の沖縄県での統計報告をみると、骨折前に自立歩行が可能だった人のうち、退院時に1人で歩けるようになっているのはわずかに35%である。老齢ということを考えてみると、その後にドンドン回復するとも思われない。整形外科医にすれば、手術をちゃんとやって、後方リハビリ病院に送った時点で一件落着であろうが、本人や家族にとって見れば、問題はそれからなのである。
長らくこの頚部骨折に典型的な術後せん妄を見ているうちに、私にはほぼ7~8割ぐらいの確率で、これが起こる人を予測することが出来るようになったが、ここでその蘊蓄を述べてみてもあまり益はないであろう。これこれの人は骨折するな、手術が必要な病気になるなといっているのと同じだし、予防法というのは、治療者が事前に充分な説明をして、これから自分の身の上に起こる事態の理解を得て、術後は充分な鎮痛と、不安の除去に努めるという、当たり前のことに尽きるからである。
私の母親の場合は、幸いなことに先の報告にある、35%の範疇に入れたようである。結構ビッコは引くようになったものの、補助具を自分で操作して何とか歩いている。こちらの生活スタイル変更まで迫られる事は当面無いようで、ひとまず一安心というところでありました。
早速やってみたら、「病的反社会性同一性機能障害」"Pathological Antisocial Identity Dysfunction (PAID)"てのが出てきた。反社会性が一貫しているなら、それはそれなりに同一性が維持されているんではないかと思ったりするが、まあ、遊びなので細かいことは言わぬことに。何てったって、PAIDという頭文字がいいじゃないか。
このサイトには、DSM-IVのような分類基準としてかなり妙なところがある病名を根拠にして、精神医学が人々にレッテルを貼り、大量投薬が正当化され、それによって巨大製薬資本が肥え太っていると告発する意図があるらしい。
その主張には理解できる部分がないではないが、正直言って、そりゃかなりの浅慮だよと言わざるを得ない。現代の文明そのものが分別と抑圧の論理の上に成り立っているのであって、製薬資本や精神医学は、そこに止まれない人々を対象にした、ささやかなビジネスを展開しているに過ぎないのだ。
誰も上のマンガみたいに強制なんかしてはいないので、せっかく真面目な告発をしてみても、いざ突撃してみれば、それは単なる風車だったりするのじゃないかなぁ、なんて老婆心を覚えてしまう。ま、いつか脚下照顧して、有効な反撃を熟考する日も来るでしょう。そう出来ないなら、いつまでたってもイタイ無責任アウトサイダーで終わるだけ。<Via>
私の場合、手に入るビール系飲料の好みは実に簡単で、アサヒの「ぐびなま。」が一番だと思っている。苦味がほとんど無く、甘味が強くてほとんどソフトドリンクである。ドイツで飲んで感激し、とにかく気に入っている「バイツェンビール」に、市販されているものの中では一番近いような気がするのだ。
バイツェンビールというのは小麦ビールという意味だが、普通のビールに使われる大麦麦芽だけでなく、小麦麦芽を使うのが特徴である。バイツェン=小麦というのと、バイス=白という言葉の類似性のためか、実際に白っぽいためなのか、白ビールという意味で使われているようである。
なんであれ、うまい小麦はまず作れない日本の風土では、この系統のビールは出来そうにないのだが、比較的それに近い味がこの「ぐびなま。」にはあるような気がする。
ところが、この発泡酒には似たような名前を持っている製品がやたらにあり、思い出すだけでも、ジョッキ生、本生、極生、のどごし生、うまい生、なんてのを挙げることが出来て、しかもそれらはすべて「ぐびなま。」とは明確に味が違うのである。今まで何度、パッケージが似たこれらの製品を買ってしまい、悔しい思いをしたことでであろうか。
それが最近、「ぐびなま。」の旗色は決めて悪い。近所の安売り酒店から「ぐびなま。」が消えてすでに半年になるし、4週ほど前からは東京駅の東海道線キオスクからも撤退してしまった。一時的品切れかと思って黙っていたが、どうも確定的現象であるようだ。
そればかりか、おつまみとして一番コストパフォーマンスの高かった、スティック状ビーフジャーキーまで姿を消して久しいのである。最近「塩タレビーフジャーキー」なんて商品が出てきたが、たった15gで150円という値段で、スティック状のジャーキーが22gで同価格であった事を考えると、消費者に極めて不利な価格設定がなされているのである。
どう考えても、これはアベ政権の格差進行政策と一体となった大衆収奪の進行に他ならない。我らに、バイツェンビール類似発泡酒を与えよ、それもスティック状ビーフジャーキー込みで。この際、小西真奈美さんにも、圧倒的小顔という階級差を乗り越えて共闘を提起したい気分である。
こちらでも何度か引用したことのある、"The Darwin Awards"がこれを専門に扱っているが、ここはかなり実証的で、基本的には実話であることが前提となっている。メールで流通しているのはそういう姿勢とは無関係で、かなり怪しいデマやホラ話の類が含まれているようだ。
その分、純粋に想像力=創造力から直接導かれたお話としての面白さを楽しまれては如何かとおもう。悪趣味なのは、まあ我慢してもらうとして。
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選外
1.デトロイトの男性(41)が水深60センチの溝で溺れ死んだ。彼は落とした車のキーを拾おうとして、幅45センチの溝に頭を突っ込んで抜けなくなったのだった。
2.サンフランシスコの株式ブローカー(49)が、いつものジョギングコースにある30メートルの高さの崖から落ちて死んだ。彼は完全に「ランニング・ハイ」状態だったという。
3.ノースカロライナ・バクストンに住むダニエル・ジョーンズ(21)は、海岸の砂浜に2メートルの深さの穴を掘り、そこにビーチチェアを置いて座っていた。穴を掘ることが楽しかったのか、風を避けるためだったのかは判然としない。穴が崩れ、ジョーンズは深さ1.5メートルの深さの砂に埋もれてしまった。周囲にいた人々が手やシャベルを使って助け出そうとしたが、彼には届かなかった。1時間後、200人の人々が見守る中、救助隊が重機を使ってジョーンズを掘り出し病院に搬送したが、そこで死亡が確認された。
4.サンチャゴ・アルバラド(24)は、盗み目的で侵入したカリフォルニア州ロンポークのバイクショップの屋根から転落し、顔面をぶつけて死亡した。彼は両手を使うために、長い懐中電灯を口にくわえており、それが頭蓋骨を貫通した。
5.シルベスター・ブリッデルJr(26)は、デラウェア州セルビィビルで友人と賭をし、勝った瞬間に死亡した。賭は、彼が4発弾を込めたレボルバーを口にくわえて、引き金を引くことが出来るかどうかというものだった。
奨励賞
6.ポール・スティーラー(47)は、4分の1の大きさのダイナマイトが、車の中で爆発したため、ニュージャージー州アンドーバーの病院に、その妻ボニーと共に外傷をおって入院した。彼らは深夜2時頃にドライブしていて、退屈のあまり、ダイナマイトに火をつけて外に投げ、どうなるか見ようとしていた。ただ、車の窓が閉まっているのに、彼らは気づかなかった。
銀賞
7.ワシントン州タコマで、ケリー・ビンガムは仲間たちと酒を飲んでいた。そのうち、タコマ吊り橋からバンジー・ジャンプをした人間の話になり、興に乗った彼らは、10人ばかりで朝四時半にタコマ吊り橋まで出かけていった。
橋に付いたとき、誰もバンジージャンプ用のロープを持っていないことに気がついたが、まだ飲み続けていたビンガムは、電線工事用のケーブルがあるのに気づき、自ら志願してジャンプをすることになった。
彼の足に厳重にケーブルを巻き付け、一方も橋にしっかりと固定された。しかしビンガムの落下は12m程度で一旦終了した。そして、ケーブルが張りつめ、彼の両足を足首で切断した。彼は冷たい川に落ちていったが、近くで釣りをしていた人に助けられ、奇跡的に生き延びた。
「俺が言えることは、神はあんな夜中にもすべてを見ておられると言うことだな。それ以外、助かった理由はないよ」、ビンガムはそう語っている。なお、彼の足首は再接着出来なかった。
ダーウィン大賞。
8.熱心な動物園飼育員、フリードリッヒ・リーズフェルト(ペーダーボルン・ドイツ)は、彼が担当していた象のステファンが便秘をしたため、22倍量の下剤を飲ませ、ベリーやイチジク、プルーンなどの通じによい食べ物を大量に取らせた。やがて糞詰まりの象はその大便を一気に排出したが、フリードリッヒは90kgもの便の下敷きになり、窒息死してしまった。
当局者によれば、フリードリッヒ(46)は苦しむ象のために、オリーブオイルの浣腸をしようとしていて、この難にあったということだ。「象の予期せぬ突然の大量排便をまともにくらい、リーズフェルト飼育員は地面に打ち倒されてしまった。そこにあった岩で頭部をうち、意識を失ったところに、なおも象は排便を続けたんだ」、警察当局者は驚きを隠さずに語っている。
「誰も彼を助けられなかった。彼は発見されるまで、1時間近く糞に埋もれていた。これはまさしく『クソ、なんてこった!』というべき事件だね」。
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なお、1、3、6は事実であることが確かめられているそうな。2、4、5、7は事実とは確認できないが、新聞のコラムなどで紹介されたことがあるもの。最後の「象の糞で死亡」は完全な作り話であるという。<Via>
まあ、もともとそんなところに実力なんかないし、あったと思っていたのが勘違いだったと割り切れば、こういう立ち位置は決して居心地が悪いものではないと、私なんかは思っているけど。
とはいいつつ、どんな分野であれ一番でいるほうが気分がいいのもまた事実。そこで我が国が世界でダントツ1位の金メダルを得ているウェブゲームサイトclickclickclick.com、の紹介など。
これは、閲覧者がボタンを何回クリックしたかを、国別対抗で集計するもので、5月15日段階、大差でわが日本が1位、2位がチリ、3位がポーランドという結果を示している。あらゆる分野で躍進著しい中国が75位(ただし香港は11位)、アメリカが25位、韓国27位という結果を見れば、ウヨ、サヨを問わず、日本の衰退に憤懣やるかたない方々を癒してくれるでありましょう。
私も今日はささやかな愛国者となり、祖国の勝利を確実にするべく、全日本総クリックの0.000097%にのぼるクリックを追加したことを報告したいと思う。<Link>
様々なブログに引用されている画像であるが、急なことで保存している人がいなかったと見え、画質の悪いこれしかない。少なくとも、フォトショップ作品では無い様子。<Link>
言うまでもなく、これは「ブレア退陣」の書き間違いであるが、かのフロイド的錯誤のメカニズムが働いて、このキャプションになったのであろうと、見た人すべてが納得している様子である。
それにしても、ブッシュさんという人は、心中することになっても行動を共にしようと思わせる、特別のフェロモンでも分泌しているに違いない。ニュース映像を通じてその人となりを知るだけの我々には、まず理解出来ないような何かを備えた人材なのだろう。そのスター性に注目した、こんな作品まであるぐらいだからね。
我らがアベ宰相も、彼の魅力に目をくらまされて、アホな道行きに付き合わされることの無きよう、切に願うばかり。
歯列矯正用ブリッジの機能から発想を得て、ペニスの解剖学的特異性を充分考慮して作られているという。これを使用することで、薬物や手術的手段を使わずに、4ヶ月の間に最低1センチのペニスサイズ増大が永久に得られると主張されている。2年前に発売され、今やもっとも成功した治療手段の座を得ているとも。
材質は外科手術器材に使われるステンレス鋼とシリコンゴムで、安全性にも充分考慮されている。使用方法は寝る前にこれを装着して、適切な伸長刺激が得られるよう調節して、朝起きたら外すだけ。
サイトの作りも小綺麗で、発想が月並みであることを除けば、実にもっともらしいのだけれど、アマゾン・コム経由で購入出来るとされているのに、リンクを辿ってもペニス増大関連の書籍しか出てこないので、単なる冗談サイトのようですな。もっとも、製品それ自体はアートワークとしても充分鑑賞に堪えそう。
一見、ショボイ素人マジックで、MISDIRECTION で紹介される事もないだろうと思えるが、実はマジックはあくまで添え物。これは一種の心理学的実験なのである。起こっている現象を、すべて正しく見抜ける人は、まず、少数派でありましょう。
映像後半で解説されるので、見て頂ければ一目瞭然。人間の注意力なんてものは、絶対に信用出来ないということがよく判る物件。
それと、TVでマジックを演じてみせるというのは、それ自体すでにトリックみたいなものではないかと思えるようにもなりますな。「驚異の超魔術!!」などと喧伝されるマジックのかなりの部分、これの延長線上で演じられるような気が。<Via>
この実験が意図していたのは、人間の残虐性というものが個別的な性質によるものなのか、社会的な役割によって導かれるものなのかを確かめることであった。実験は、ボランティアから、性格や行動上の偏倚が少ないと判断された被験者21名を、ランダムに囚人10人と看守11人に振り分け、2週間の予定でその行動を観察した。
彼らは大学の地下室にしつらえられた「監獄」に送られ、囚人役、看守役それぞれに対し、いかにもそれらしいコスチュームや行動原則が割り振られたのだが、実験開始直後から、当初の設定を超えて、一部を除いた囚人は看守に媚びへつらうようになり、看守役は囚人に対してより権威的、暴力的に接するようになった。
数人の囚人役ボランティアは深刻なストレス性障害を示すようになり、看守の虐待行為はどんどんエスカレートして行き、実験は6日で中止された。実験を主導していたジンバルド研究員は、当初から危険な徴候を発見していたにもかかわらず、この自律的役割強化劇の進行に打つ手をもてなかった。
ジンバルドは後に教室の教授となり、現在は名誉教授となっているが、実験の後、10年以上被験者たちのカウンセリングを続けた。彼は今年、ルシファー効果"The Lucifer Effect"という本を出版し、善良な人々が疑いを感じることもなく、邪悪な行動に走ることについて、先ごろのイラク戦争捕虜虐待事件なども例にして考察しているという。上のビデオは、その実験を解説しているDVDの予告編である。大失敗とは言え、世界に知られた実験を解説するジンバルド名誉教授が、実ににこやかなのが印象的。
私もこの実験の概要は聞いたことがあるが、今まで勤めてきた精神科病棟の事例などを思い起こしてとても他人事とは思えず、出来れば考えないようにしてきた面がある。基本的には収容所でしかない精神科病棟で、よりよい治療環境を作ろうと努力する職員たちの行為が、しばしばある種の虐待になってしまうようなことは日常茶飯事だったからである。
例えば、病棟には様々な生活規制があるのだが、それがなぜ存在するのかということをちゃんと説明できる職員はまずいない。要は「そう決まっているから」という理由で規制しているのである。当然、慢性患者の多くは、ただ理由無くそれに従うか、そう理解力が高いとは言えない人は、その規制に何度も抵触する。真面目な職員は、根拠とは無関係なところで、そのルール違反を責め立て、結局「問題患者」の烙印を彼らに押すことになるのである。
もちろん、そういうトラブルがあるたびに、管理責任者である私たちは、治療環境ということの意味を再確認し、無意味な規制を取り払うするチャンスだと思ってカンファランスを開いたりするのだが、はっきり言ってこれほどの徒労はないのだ。
例えば、以前勤めていたところでは、「ガラス瓶入りの醤油を持ち込んではいけない」という規制があった。割って自殺企図に使うかも知れないという理由だったらしいのだが、病室の窓はガラスだし、メガネのレンズだってガラスだし、醤油の瓶だけを問題にする理由は実に妙なのである。
この無意味な規制を守らせようと、定期的な持ち物検査をしたりするヒマがあれば、もっと別の関わりをしたらどうよと思うのだが、人は善意が動機であれ、共感と支持を与える人間になるよりは、規制と教導を与える立場に立つことの方が重要だと思うものらしい。確かにそれが無いと混乱するといわれれば、認めるしかないのも事実なのだし、何より、自分自身がそういう意識にとらわれていることだって、しょっちゅうなのだ。
私は今後、おそらく精神科病棟を管理する仕事にはつかないだろうと思っている。それは、こうした徒労を散々経験したからで、逃げでしかないのだが、実は精神科病棟の特殊性で済ませられることでもないのだ。一度でも普通の身体疾患を見る病院に入院したことがある人なら、一見配慮に満ちつつ、実際は無意味な規制のマトリックスが張り巡らされていることを、実感されたことがあるはずである。それはそこで働く人間にとっても、同質である。
ミシェル・フーコーがいうように、権力というものはこうしたミクロな「善意」をそのエネルギーにしているのであって、決して支配と抑圧に向けた悪しき野望がその源泉ではないのだ。ジンバルドの実験も、そうした洞察を全く欠いていたという決定的な未熟さゆえに、今も語り継がれるコントロール不能の事態を生んだと言える。
そういう事情で、そもそも正しいことを主張するという行為それ自体に、私は支配への欲望というダークサイドがつきまとっているのを常に実感してしまうので、いつものように、ただ自分が面白がることが出来ることだけを追求しているというわけ。<Link>
麻薬(ここではヘロイン)取引に使われた現金には、微量ながら麻薬が付着している事が多いのだそうである。この論文の著者たちは、3つの場合にわけて、麻薬が付着するプロセスを検討し、一般流通紙幣の麻薬付着可能性との比較を行っている。
残念ながら、無料では論文の抜粋しか読めないので、計算の詳細はもう一つはっきりしないのだが、麻薬取引現場に持ち込まれた紙幣を質量分析にかけると、その麻薬汚染率は相当高く、その金と10週間一緒に保管された紙幣にもかなりの割合で汚染が移行する。
これは、数学的モデルから予測される一般流通紙幣の汚染可能性が0.3%であることと比べ、有意に高いものであるとのこと。これを利用して、取引された麻薬量を推測するだけでなく、麻薬蔓延状況の指標を得ることも出来るというのが、著者たちの結論である。
これは英国での結果であるが、日本で同じような調査をしたら、どんな結果になるのか、かなり気になるところ。それ以上に興味をそそられたのが、こちらの関連研究についての報道である。
その内容は、アイルランドの首都、ダブリン周辺で流通しているユーロ紙幣(5€・10€・20€・50€)のコカイン汚染率を調べたもの。それによると、62%の紙幣が高濃度のコカインに汚染されており、明らかに筒状に丸めてコカイン吸入に使用された結果だと断定されている。
また、残りの38%の紙幣からも、流通や銀行での取り扱い過程で移行したと考えられる、低濃度のコカインが検出され、結果として100%の紙幣が薬物汚染されていたという結果になった。これは同時期に米国で行われた調査結果の、65%を大きく上回るものであった。
この研究を行ったダブリン市立大学のベレット・ポール教授は、「紙幣を使うことで、被侵襲的に匿名性の高い調査を、安全で確実に行うことが出来る。更なる調査を重ねて、コカインやヘロインの正確な使用状況を摑むことが出来るだろう」と語っている。
私は麻薬は合法化して、使用者情報をちゃんと把握しながら安価に提供すれば、中毒対策もたて易いだろうし、何よりギャングや一部の犯罪国家を儲けさせたりせずに済むと思っている。そんなわけで、これらの研究については、折角のアイディアながら、立脚点がはじめから間違っているのでは、と思うばかり。<Via>
それが左の"I'm New"、親しみやすい町内会的美女というか、正直言うなら、こういう女性にお近づきになれたことは未だ無く、今後もまず無いであろうと思われるレベルの娘さんがアップした(と称する)ものである。
中身はそのかわいい娘さんが、カメラに向かって10秒ほどのメッセージを送るだけのものだ。「ハイ、YouTubeをご覧の皆さん!私、ここにアップするのは初めてなの。歓迎してもらえたら嬉しいわ。今、いくつかビデオを作ってて、素敵なものになったらいいなって思ってるの。みんなに見てもらいたいな」、ルンルン♪(死語)。
彼女は言葉通り、短いものから長めのもの10数編のビデオをアップし、その中で自分の名前はカーリーであること、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のMBA過程に在学中の22才であることなどを紹介した。こちらのユーザーページには、それらをまとめてあるので参考に。
しかし、そのページには、素人っぽい作りにはそぐわないようなサイトへのリンクが付加されていた。当初はこちら、現在はこちらである。前者など、htmlは何も知らないと断わりを入れ、わざとらしく"end html"なんて間違ったタグらしきものが最後に入るような作りである。
なのになぜか彼女が「自分で作った」と主張する、アル・ゴアの「不都合な真実」の広報フラッシュサイトにリンクされていたりする。現在のリンクにしても、明らかにエキスパートが作ったサイトに飛び、一部は緑茶の宣伝サイトにもリンクされているのだが、何となく中途半端な作りになっているのも否めない。
そんなわけで、ロサンジェルス・タイムズや、ブロガー達が、このグリーンティーガール映像の意図を突き止めようと試みている。様々な手段を駆使して、カーリーという女性は実際はユタ州に住む20才のモルモン教徒で、モールでお茶を売る仕事についていることを突き止めている。彼女の知り合いにたのんでビデオ投稿をしてもらったが、お茶の宣伝意図は無かったらしい。
その知り合いが関連サイトを作り、さらに無関係な連中がそのサイトを買い取り、偽のプロフィールをアップして人気を煽り、謎のリンクを広げたということのようだ。つまり、ウェブ映像デビューを望んだ女性を利用する、YouTubeのシステムの裏をかいたバイラル広告ということになのだが、やはり具体的な商品とリンクしていないという矛盾は残る。(グーグル・アド表示で、ちゃんと収益が得られるようになっているのかも知れないが……)
教訓として、ある水準以上の容貌の持ち主は、その無垢な意図とは別の場面で利用される危険が常にある、というところだろうか。ま、大多数の人には、関係ない話ではあるけれど。それにしても、モルモン教徒はお茶も戒律で禁止されていると思っていたが、売るのはいいのかね?
家を出るのが遅れてしまい、その上以前から気になっていたフランス料理屋で、ランチメニューをワインたっぷりとともに平らげ、そのあとコースに入るという、無謀なスケジュールを取ったのが大間違い。全行程数㎞、海抜150m程度が最高峰というコースでも、自然をバカにしてはいけません。
這々の体で家に帰り着き、TVをみていたら、同じコースを芸能人夫婦が辿る番組をやっていた。なんと、あのコースは「鎌倉アルプス」と呼ばれるんだと。かりそめにもアルプスと名付けられたコースを、転落事故も起さず、軽い息切れ程度でクリア出来たのが、僥倖というべき。
写真はその最高峰付近から、横浜市街方面を望んだもの。すぐそこなんですな。
そのメリットにもかかわらず、子供たちには鼻形成術や脂肪吸引というものが、困難で恐ろしい経験だと受け取られることに彼女は注目してきた。そこで彼女はその状況を変えるべく、「ノラの新しい鼻」という本を書いた。
「ちょっとした違いで特別に可愛らしい存在になりえる子供たちは、どんな事をされるのかと、怖れや不安を抱いているものです」、そうクリーグ医師は語る。「『ノラの新しい鼻』で、私は手術を怖れる必要はなく、その結果を恥じることもないことを示そうとしました」。
その本は、父親から立派な鼻を受け継いだ少女、ノラが寝室の窓から、お月様を眺めている所から始まる。
今晩は!ミス・ムーンがノラに声をかけました。でも、ミス・ムーンの言い方は、まるでノラのママがメヒシバ嬢とかあの変なクラッチ爺さんに呼びかける時と同じ調子なので、ノラはとっても悲しくなりました。「私は美容形成外科治療で子供たちが得られる変化は、ごく自然で当たり前のものだと示したいのです」、そうクリーグ医師は続ける。「扁桃腺の摘出術を受けるのとは違うかも知れないけれど、現状を我慢するより、よほどいい結果を得られることになると思いますよ」。<Link>「ミス・ムーンがあなたの内面の美しさに気がつかないのは、彼女のせいではないのよ」、ママは優しくそう言ってくれました。「彼女は特別の人だけど、万能ではないの」。ママは魔法の鏡を使って、ノラの本当のお鼻と、今の「大きくて広がった鳥の嘴みたいな」お鼻を比べて見せました。
ノラは泣き出してしまいましたが、ママはお医者さんがノラの問題をすべて解決してくれると保証しました。ママの問題を解決したようにね。
記事には公平を期してか、反対意見もちゃんと書いてあるのだが、何しろ媒体が架空記事で有名な"The Onion"なので、そのつくりを楽しむしかないといえる。そりゃまあ、美容形成外科というものの胡散くささが、実によく示されてはいますがね。なにより、クリーグ医師の本をここまで再現する努力には、感心するしかありません。<Via>