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今は小汚い金属板の蓋で覆われているが、関東大震災以前まで、ここの水が道行く人に売られるほど有名であったのだそうだ。なんで星ノ井と呼ばれるかといえば、昔はこのあたりは鬱蒼とした木々が茂っていて昼なお暗く、井戸の底には星が映って見えていたという伝承によるとする解説書きが、井戸の傍には掲げられている。
この「井戸の底からは昼間も星が見える」という言い伝えは、結構リアリティをもって世界中に広まっているもので、つい最近も、南米の古代文明を紹介するTV番組で、そこの天文台の底面には深いプールが作られていて、昼間もそこに映った星を観測していた、などという、どう考えてもあり得ない解説をしているのを見たような気がする。
この伝説を最初に文献に記したのはかのアリストテレスだそうで、以来、その内容とほとんど同じ内容が人々に信じられ続けてきた。大気中で散乱する光も、深い井戸の中ならほとんど一方向だけに絞られるから、星の光でも日中に見ることが出来るという、一見理屈が合っているような説明が、人を納得させてしまうのであろう。<Link>
いくら一方向だけにしぼられようと、太陽の光の方が圧倒的に強いのは自明で、いくら深い井戸を掘っても、同じ方向からの強い太陽光と、かすかな星の光が入ってくるのは同じなのだから、星が見える筈はない。それにもかかわらず、この星ノ井伝説が、アリストテレスの随想、聖書のエピソード、弘法大師の神通力説話など、世界中の伝承に登場するのは何故なのであろうか。
少なくとも、昼間も星は空にあり、それが井戸という人間の技術によって作られたもので明示されると考えるのは、実際は間違っているとは言え、ある種の科学的宇宙観が、古代から成立していたことを意味するのではないか。
人々は深い井戸の底を見下ろして、そこに映る数々の星を幻視しながら、宇宙との一体感を体験していたのだろう。星が見えるという確信は、我々が宇宙の片隅に生きつつ、それを包摂する存在であるという実感覚を、なんとか表現しようとする試みなのだろうなと私は思うのだ。
我ひとり鎌倉山を越え行けば 星月夜こそうれしかりけれ(永久百首)なんてこと書いていたのだが、少なくとも鎌倉の星ノ井に関しては、このあたりの古地名が「星月夜」であったことから、逆に命名されたものらしい。この井戸が有名になったのは江戸時代からで、その頃から水を旅人に売っていたという。目ざとい人が名前に似合った伝説をどこかからパクってきて、その商売に利用したという疑いが強い。
投稿者 webmaster : 2007年5月28日 22:44
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青空を見上げて
「ひとつ、ふたつ、みっつ…あ、流れ星だ」
と、大東亜戦争の当時、戦闘機乗りたちは昼間の星を数えて視力の向上を図ったなんて話もありましたが。
こういうのを読むとみなもと太郎氏の「田毎の月」を検証するという記事を思い出します。
この際の結論は、本来、歩くに連れ田に映る月も田から田へと移動するのを誰かが思い違いをしたものが膾炙したのだろうというものでしたが。
いくらなんでも田んぼごとに一斉に月が映るというのは物理的にあり得ないと。
「星が池」なんて地名になると、ストレートに星が落ちてきて地べたに空いた穴に水が溜まったなんて伝承もありますが。
こちらの方がリアリティはありますね。
投稿者 小狸工房 : 2007年6月 2日 22:00
包接は変換ミスです。何故かATOKでは包接が先に出るんですわ。
「包摂」がホント。subsumptionの訳語です。より上のカテゴリーに含むというような論理学用語です。マルクスがこの言葉を拡大解釈して使ったので、もう一つ意味が曖昧なんですが、ある時代まで、学生用語として、かなりの間違いを含みつつ、日常的に使われていた言葉です。
例:
「君はボクを、一般的な男友達の範疇に包摂するつもりなの?」
「彼女の不細工な友人も、私は彼女との関係を強化するための一助として、つきあいの中に包摂せざるを得なかった」
投稿者 webmaster : 2007年5月29日 21:59
包接という言葉に妙に納得を感じましたが、この単語、普通の辞書には無いのではないかと思うのですが。
投稿者 skt48 : 2007年5月29日 19:50
>日本では太陽も月も真上には来ないので
井戸を斜めに掘ればいいんですよ
蟲師というマンガに井戸の星をあつかった話があって、
元ネタはこれかと感した次第。
投稿者 hishakuan : 2007年5月29日 18:33
横からの余計な光を遮るので、普通に見るよりは見やすいでしょう。…手で目の周りを覆うぐらいには、ですが。
さらに、上から井戸の底を覗いて、井戸の水に星が映って見えるというのは、水の反射率からして(特に垂直の場合、反射率は低いですから)、夜でも難しいでしょうね。←夢のない奴(^_^;)
太陽や月も星だから、っていう話を某所で見ましたが、日本では太陽も月も真上には来ないので、深い井戸の水面には映りようがないし。←…(^_^;)
僕は、風に揺れる木漏れ日が水面に反射して星のように見えたのを、色々な伝説に結び付けたのでは、と思っています。
投稿者 yoshik-y : 2007年5月29日 01:14