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2007年6月13日  バベルの謎―ヤハウィストの冒険 [本とか映画とかTVとか舞台とか]

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先月、入院した母親の見舞いに帰郷した時、ベッドサイドで間の取れない当惑の時間を過ごすための方策として買った本。なるべく訳のわからんモノが良いだろうと選んだのだが、結構面白かったので紹介。そう言いつつも、読み終わるのにかなりかかりましたが。

もとの本が出版されたのは96年で、その年の和辻哲郎文化賞を受賞している。著者の長谷川三千子氏は本来哲学者で、聖書学に関しては「純然たる『門外漢』」なんだそうである。門外漢が書いた本を、その主題に興味もないような人間が、義務的時間を過ごすために読んだのに、文庫で1300円という破格の高価格にもかかわらず、そこそこ満足出来たというのは、まことに目出度い事でありましょう。

本の記述は、表紙絵になっているピーテル・ブリューゲル(父)の1563年版「バベルの塔」に関する印象記から始まる。この絵をみた誰もが、実に奇妙な印象を覚えるのだが、著者の長谷川氏がとりわけ注目するのは、描かれている建設途中の塔が、自然の大岩を内部に取り込むようにして作られている点である。

その塔自体の奇妙さ、不気味さを著者は強調し、バベルの塔物語について俗に語られる、「人間の高慢に対する神罰」という教訓譚が、そこにはあまり現れていないことから始まり、そもそも、旧約聖書の記述自体、そうした「神罰」について記述されていない事が明らかにされるのである。

旧約聖書の記述だけを読めば、ヤハウェは人間たちがつましく町に集まって共に暮らすこと、それ自身を憂慮して、多くの言語をもつ諸民族に分散させたことになるという。でも、そりゃちょっとおかしくね?というのが著者の疑問。大体、ヤハウェは土で人間(アダム)を作った後、動物や鳥も作り、それをアダムの所に連れてきて、アダム自身にそれらを名付けさせている。1つの言葉を人間が作って行くのを手助けしているのだ。

まあ、これはもちろん、人が楽園から追放される前の「原初的」な歴史であって、その後もカインは弟を殺すわ、ノアの同世代人は悪さばっかりするわで、ヤハウェはキレてしまって全生物をチャラにしようと目論んだわけだ。でも、そこで救済のために箱船を造らせて、ちゃんと和解もしているわけで、今さら1つの言葉をしゃべるのが気に入らんと因縁つけるのはどうよ、というのは当然の疑問でありましょう。

そんなわけで、著者は創世記のはじめから、旧約のアウトラインを書いたと目される、ヤハウィストと仮に呼ばれる人物の視点を再現するという作業を始める。彼、もしくは彼女は、旧約の元ネタとなったメソポタミアの神話に精通していた知識人で、創造主と直接対峙しうる知性を備えた人物とされる。このあたりの記述は妙にわざとらしくて辟易する面もあるのだが、まあそんなモノかも知れませんなぁ、とド素人は納得するしかない迫力があるのもまた事実。

何だかんだで、要はヤハウィストと呼ばれる旧約聖書草稿ライターは、神と人と土地が相互に対等なものであるべきだという、えらくモダンな信仰というか、思想を持っていた人物で、その思想からすれば、人(ヘブライの民=ユダヤ民族)は土地に縛られることなく、また永遠に1つの土地に安住することなく彷徨う運命を自覚していたのだというのが、多分著者の主張。神に捧げられたバベルの塔のもとで、人々が仲良く暮らした王国がありましたとさ、という凡庸な神話を拒否するリアリストが、旧約の前提となった草稿を書いたということなのだろう。

だから何なんだ、といえないこともないが、常識的な理解を見事な豪腕で打ち破っていく展開は、かなり読み応えがあった。残念な事に、まるきり基礎的な知識がないモノだから、トンデモなのかそうでないのか、どうにも判断しかねるのが難点。

投稿者 webmaster : 2007年6月13日 23:52

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コメント

 バベルはバビロンの英語読みですから、バビロニアの神話などが元になっているのですが、元々人間が神に近づこうとする目的ではなく、神が降りてくるための建物だったはず。建設中止になったのを、後から人間の傲慢さを表す話に仕立てたのでしょうね。
 ちなみに、コンピュータと3つのしもべに守られ、普段は砂の嵐に隠されています(笑)。

投稿者 yoshik-y : 2007年6月14日 00:40

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