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2007年8月 2日  黒人専用心不全治療薬Bidilの謎 [医学・科学関連]

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Scientific American8月号に、「薬瓶の中の人種"Race in a Bottle"」と題された記事が掲載された。著者は遺伝子治療に伴う法的問題の専門家、ハムライン大学法学部準教授、ジョナサン・カーン氏である。<Link>

その記事は、2年前にアメリカ食品医薬品局(FDA)が認可した、世界初の適応人種に制限がある心不全治療薬、BiDil(バイディル)を主題にしていた。BiDilが認可されたとき、日本ではもっぱら、テイラーメイド治療の展開というような文脈で紹介され、それに伴う論争までは伝えられなかったようだ。

BiDilについて簡単に説明すると、それは1980年代頃に、それ以前の利尿剤+ジギタリスという古典的心不全治療より有効だとされ、使用が推奨された二種類の血管拡張剤(硝酸ソルバイドとヒドララジン)を合剤にしたものである。今も硝酸ソルバイドは冠不全が合併する場合、他の治療薬と併用されるが、ヒドララジンが心不全に対して処方されることは、今ではあまりないだろう。

確かに、硝酸ソルバイドとヒドララジンの組み合わせ治療は、それ以前の古典的治療と比べると効果があった。ミネソタ大学の循環器専門医、ジェイ・クーン医師は、プラセボとα遮断剤を対照にした治験を行い、この二剤血管拡張薬治療の優位性を明らかにした。更に彼は、新しく使われる様になったACE阻害剤との対照治験を行うが、その結果は二剤血管拡張薬治療に対して否定的であった。

ジェイ・クーン医師は、それでも組み合わせ血管拡張薬治療の有効性を信じ、その普及にこだわった。1987年、彼は二剤治療の配合比に関して特許を取り、96年には二種薬剤合剤の認可をFDAに申請した。しかしFDAはこれを却下。理由は皮肉にも、クーン医師自身が大々的にやった準備的治験が、この組み合わせ治療の有効性を示していないというものであった。

クーン医師はそれにもめげず、自身の治験結果の再検討に着手する。そして、治験対象に少数ながら含まれていた黒人患者には、この薬剤組み合わせ治療が著効を示していた事に気付くのである。彼は早速、黒人の心不全患者には白人とは別の病態があることを示唆する論文を書き、黒人だけを対象にした組み合わせ血管拡張剤治療の特許を申請、2000年にはこれが認められる。

彼はNitroMed社というベンチャー製薬会社に特許を委託し、同社の支援のもと、「自分は黒人だ」と認めた(検証なし)心不全患者1050人に対し、プラセボだけを対照薬にして、白人との比較もなく、治験を開始した。その結果は驚くべきもので、Bidilと名付けた合剤を服用したグループは、実に43%の死亡率低下を示したのである。効果があまりにはっきりしていたので、治験期間が途中で短縮されたほどだった。この治験の結果を受け、NitroMed社は株式を公開、同社は短期間のうちに6600万ドル(約80億円)を得た。そして2005年6月、FDAはBidilに対し、初めての人種専用薬としての認可を与えるのである。

繰り返しになるが、硝酸ソルバイドとヒドララジンの組み合わせ自体は昔からあるもので、これを白人に投与することには問題はない。実際、特許切れでジェネリックになっている2つの薬剤をBidilと同じ配合比で使えば、特許料が上乗せされない分、44%薬剤費はやすくなる。クーン医師の特許は2020年まで認められ、その間、配合比が固定された黒人専用の合剤として、Bidilの高値維持が可能になっているのだ。

Scientific Americanに批判的記事を寄せたジョナサン・カーン氏は、Bidilを黒人専用薬として発売したのは、特許の延長を狙った行為であって、適切な治療を多くの人に提供するという医療の理念から外れたものだと指摘する。治験の結果そのものは受け入れるものの、多剤との対照がないこと、他人種との比較がないなど、結果が先に措定された疑いから逃れ得ないとも。また、すでに間違いであることが証明されている、「米国黒人の心不全死亡は白人の倍以上」という過去の統計論文を、NitroMed社が未だに援用していることも批判材料である。

また、人種というものの生物学的根拠というものは、未だに明らかになっているとは言えず、見かけ上ある人種に効くからといって、それが特異的なものだといい切れないとも主張する。これには多くの医学者も同調していて、NitroMed社はキャピタルゲインばかりを追求するのではなく、人種という曖昧な指標の背後にある生物学的、社会心理的ファクターを明らかにするため、より広汎な研究を振興させるべきだという批判も多い。

これに対しては、NitroMed社や、Bidilを積極的に使っている米国黒人循環器医協会が、差し当たって効果はあるのだから、人種という未解明なものが指標だからといって批判される筋合いはない(大意)と反論している。確かに、疫学の場合など、指標となる項目が完全に解明されていることの方が希である。「効くものは効く」という意見には、理念的な批判は今のところ通じていないという現状か。

もっとも、なんでわざわざ値段も高くて、使用対象に制限のある薬にこだわらないといけないのか、というのは外野から見ている限り、もう一つよく判らない。黒人専用ということで、日本にこれが入ってくる事はまず無いだろうが、はじめに書いたように、この薬が認可された時、テイラーメード治療の嚆矢だと、持ち上げていた医療関係者は我が国にも結構いた。洋の東西を問わぬ、そのあたりの勘違いが、製薬会社の巧みなイメージ戦略によってかき立てられ、妙な幻想がこの薬に寄せられていると言うことなのかな、と想像してみたりする。


(注)間抜けなことに、「続きを読む」以下の最初にアップした文章を間違って削除してしまい、上は書き直したもので、最初とはかなり論調が違っている。もし、当初の文章をキャッシュしておられる方がいたら、是非連絡頂きたい。

投稿者 webmaster : 2007年8月 2日 22:07

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コメント

補足ありがとうございます。^^

投稿者 狼少年 : 2007年8月 4日 13:37

>>平家の落人伝説がある地区に集中して、向精神薬の特殊な副作用が頻発するという

>ちなみに、どんな症状ですか? 差し支えなければ、教えて欲しいです。

8月3日のエントリーをアップした時、何故かこのエントリーが削除されてしまい、Googleから表紙ページのエントリーは回収したのですが、「続きを読む」の部分は回復不能になってしまいました。

仕方なく書き直したものの、長くなったので、自分の体験部分は割愛しました。以下に、その部分を詳しく書き直しておきます。

私が経験したのは、昔仕事をしていた農村地帯でのこと。山奥に「平家の落人集落」という伝説が残る場所が何ヶ所かあり、そこに住む患者さんが、急性ジストニアという、頚部顔面のけいれんを主徴とするパーキンソニズムの一種を次々に起した、というもの。

これは本来向精神病薬を飲み始めた頃に起こる事が多く、短期間で改善する事も多いのですが、本人にはかなりの不安を引き起こすので、注意が必要です。

あまり抗パーキンソン剤を併用しない私の処方スタイルもあったと思うのですが、なぜか抗うつ剤によって起こった(処方間違いでなければ)例や、結構長く薬を飲んでいた人に起こったのが不思議でした。

投稿者 webmaster : 2007年8月 4日 00:34

>平家の落人伝説がある地区に集中して、向精神薬の特殊な副作用が頻発するという

ちなみに、どんな症状ですか? 差し支えなければ、教えて欲しいです。

投稿者 狼少年 : 2007年8月 3日 12:45

明治の初め、日本近代医学の曙の時代、
「異人さんの薬が我々にも効くのだろうか」
という素朴な疑問をふと思い出す。

投稿者 小狸工房 : 2007年8月 3日 03:20

アフリカの黒人に対してではなくて,アメリカの黒人にですか.面白い結果ですね.以前アメリカ白人における黒人やネイティブアメリカンの混血の多さについてちょっと書いた者ですが,それ以上にアメリカの黒人の白人混血率の高さは(やはり半ば非公然ですが)よく知られているので.マルコムXですら最低1/4は白人ですし.というわけでアメリカにおいて白人と黒人の遺伝的な違いがそこまで明確なのかはちょっと疑問です.

投稿者 とおりすがりの社会科学屋 : 2007年8月 3日 01:47

とりあえず蚊帳の外の人間としては、
『なんで同じ内容に新しい特許が認められるの?』
という、某国の特許制度に対する新たな感動(ま、ゲノムにすら特許を与えようとした国ですからね)を感じるばかりです。っていうか、知的財産という概念と知的財産の保護期間という概念のいい加減さを示す例のような気がしますが。

投稿者 元院生 : 2007年8月 2日 23:53

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