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バージニア大学心理学教室のオオイシ・シゲヒロ準教授とそのグループは、アジア系米国人学生、韓国、日本人留学生と比較すれば、ヨーロッパ・米国学生の方が、全体として、より自分たちが幸せであると感じていることを見いだした。
しかし、ヨーロッパ・米国学生たちは、アジア系と比べると、日常生活でちょっと嫌なことがあると、簡単に気分が落ち込んでしまうことも判った。そして、全体に幸福感に乏しい韓国、日本人学生たちは(アジア系米国人にも幾分かその傾向は指摘出来るが)、落ち込みからの回復も早かった。
「人はラッキーな出来事に恵まれていると、アンラッキーなことから、より強い影響を受けるものなんです。人生がポジティブなイベントに満ちていると、逆に嫌なことにいつまでもとらわれる訳です。ファーストクラスに乗っていれば、30分の遅れでも気にしてしまうが、エコノミーなら多少の遅れでも気にならないようなものです」。
オオイシ準教授はそう語る。彼は日本で育ち、23歳の時に米国に移り、社会心理学者として研究してきたが、東アジアの人々と、米国民が日常生活の諸局面に対する反応の違いに注目してきた。
彼の研究グループは、日本、韓国、米国の大学生350人を3週間調査した。被調査者たちは、人生の満足度評価と、毎日の日常で遭遇するポジティブ、もしくはネガティブな出来事について自己記録した。
研究グループは、欧米系学生はネガティブな出来事(例えば駐車違反切符を切られる。成績が思ったより悪かった、など)によって落ち込んだ状態から回復するのに、ポジティブな契機が二つ(誰かに褒められる、何かを貰う、など)必要なのに、アジア系の場合、ポジティブなことが一つあれば充分であることを見いだした。
オオイシ準教授によれば、沢山の幸福に慣れきっていると、嫌なことを受け入れることが困難になるという。幸福のまっただ中で出くわすネガティブ・イベントの力は強力なので、人々は幸せそれ自体を感じられなくなってしまうのだと。
新しい車や家を買ったり、結婚したというような出来事で幸せを感じているはずの人が、支払いの段階や、ちょっとした口げんかを経験した程度のことで落ち込んでしまうのは、こういう理由なのだ。それは比率、もしくは見通しの問題なのだ。
オオイシ準教授はいう。「一般的に言って、楽観的な見通しを持っておくのはいいことです。しかし、毎日の生活で出くわさざるを得ない、ネガティブな側面を受け入れるようにしておかないと、心地のよい満足レベルを維持することは困難になるでしょう」。
アドバイスを一言で言うと、「これ以上の幸せを求めるな」。内容に関しては納得できる点も多い。誰だって、この程度の覚悟は持って暮らしているような気もするが。ただ、ファーストクラスの喩えがあんまりよく判りません。ファーストクラスで30分ほど遅れたって、エコノミーで長いこと閉じこめられるより、よっぽどましではないですかね。ま、乗ったことないから想像で言うんだが。<Via>
投稿者 webmaster : 2007年11月 1日 22:36
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アジア系でも,ネガティブなことが積もり積もって,最後にふられただけで銃を乱射してた人が居ましたけど,あれは特異な例でしょうか。
どうもこの手の雑誌は,自分の感覚を過剰一般化して都合の良いサンプルだけ使って論文に仕立てているとしか思えない話が多いような。
日本でも昔から「金持ち喧嘩せず」という真理?を突いた言葉があります。私なんぞ,いつも噛みついてますから,よく分かります。
投稿者 complex_cat : 2007年11月 2日 07:58
それにエコノミーだけ遅れることはないわけだし(笑)
投稿者 Q : 2007年11月 1日 23:38
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