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大学院で「家族論」をやっている内田氏が、「日本人の家族論の多くがサル学の知見に依拠しており、精神科医たちまでが霊長類の『延長』として家族をとらえている」ことに驚き、レヴィ=ストロースの知見に配慮すべきだという意見から、「親族の基本構造」の簡単な紹介をするつもりになられたという。
自分では知っているつもりでも、ちゃんとした学者に簡潔にまとめて貰うことで、とんでもない誤解を免れたりすることはある物で、まことに有り難い解説だとは思うのだが、その前提に、なぜか私らの業界の不勉強ぶりが出てくるのがもう一つ解せない。
大体、「霊長類の『延長』として家族をとらえている」精神科医たちって、一体誰のことなんだ?30年ぐらい前、確かにわが業界でも家族論みたいな言説が流行ったことはある。結局、手ひどいトンデモ説が蔓延するばかりであったため、皆懲りてしまって、その後は家族を話題にする時は世間的常識でお茶を濁すか、遺伝学説レベルの話ぐらいしかしなくなったと思っているんだが。
まさか、思春期危機のただ中にある少年に、「君は今、ボス猿=父親に挑戦する若猿の立場にいるんだ。君の気分変調は、マウンティングへの屈辱感なんだね」なんて説明する精神科医がいるとは思えないけどねぇ。まあ、企業などで、上司の意を受けて抑うつ社員の排除をはかるセコイ人事担当なんぞと出くわす時に、「このマウンティング野郎が」と、内心で無意味に罵る語彙豊富化には役立っているが、実際に口に出すことはない。
レヴィ=ストロースの「親族の基本構造」について言えば、私もこの人の知見には誰もが一度は触れるべきだと思うし、私の業界に置いても有用性は高い(値段も)と思っている。ただ内田氏は、トロブリアンド島やチュルケス族のような社会に、何か普遍的な価値があるかのような書き方をされているのが不思議。あくまで特別の条件の下で、生産力も人口も飛躍的発展はしないことが前提の社会で、あのような比較的固定的な関係性が取り出されるというだけのことである筈だが。
近代化された社会では、いわゆる「未開」社会で見られた布置構造自体が大きく変質している。言ってみれば経済的効用性に、その原理がほぼ一本化されているわけだ。過渡的な構造を伝統的価値観として守ろうとする部分も存在するだろうが、そう立派なこととは思えないし、それを守るのが人の道で、成熟の証のように言われたら、へそ曲がりの私など、「壊れる物は壊れればいい」と言いたくなるばかりである。
もちろん、人間の多様なあり方の、一つの参考にはなるとはおもう。それはサル学だろうが、ハイイロガンの観察であろうが、全く同じであろう。個人的な意見を言えば、過去へのノスタルジアであれ、倫理の再建であれ、一度人間は完全に個人に解体されたうえで好みの道を歩めばいいと思うだけ。
投稿者 webmaster : 2007年11月 8日 23:58
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レヴィ=ストロースの評価と共に,関わった分野は違いますが,内容において深く同意いたします。
内田樹氏のテキストは,実は,スパイスに使おうとして,トンデモ生物学知見をベースにしてしまっているので,ろくなエントリーではありませんね。
投稿者 complex_cat : 2007年11月11日 16:45
>一度人間は完全に個人に解体されたうえで好みの道を歩めばいいと思うだけ。
無条件で同意。
これゆえに従兄弟は実父に養育料を支払い正式に絶縁しました。
投稿者 小狸工房 : 2007年11月 9日 03:47
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